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◆ 寒い季節になると焚き火の登場です。別に寒い時期に限りませんが、燃える時間は人を「癒し」の世界へと誘ってくれます。いま秘かに見直されているのが、大人の愉しみである「焚き火」なのだそうです。最近知ったのですが、プロの「焚き火人」タキビスト。チョットふざけた感じもしますが、こんな人たちがいることに何故か感動してしまうのです。
そんなタキビストたちが結成した国際焚火学会の創立趣旨があります。小難しい調子で国際焚火学会の設立をアカデミックに語っているのですが、所詮は単なる火遊び好きのオヤジたちの集まりですが、お洒落な人たちだと思います。
21世紀のいま、人類史上かつてない激動と混じゅんの時代を呼吸しています。停滞をきらう文化は日々生成を繰り返し、私たち自身が限りない時空においていかなる座標軸に位置しているかをしばしば忘却の彼方へ葬り去ります。それはあたかも、迷子になるための地図を編むことにその全精力を傾ける者の悲劇のようでもあります。
現代、とりわけ高度経済成長期以降において私たちは、徒に炎の利便性を追及することにのみ汲々とするあまり、祖先が発見し、発展させ、継承してきた営為を、ともすれば倒錯、背徳のそしりとともに軽んじてきたことを今こそ猛省しなければなりまらん。これは反面、これまで未熟、混じゅく、歪曲の中にあった焚き火に、秩序と確固たる礎をもたらすまたとない機会でもあります私たちは昨今の焚き火文化のありようへの反省の念をこめて、ここに国際焚火学会を創立します。
◆ 「焚き火」の歌といえば、かつて誰もが口ずさんでいたものです。近年は焚き火や野焼きも難しい世の中になってしまいましたが、田舎ではまだまだ都会と違い畑の隅で焚き火をする姿もしばしとば見受けられます。
このほのぼのとした歌には、太平洋戦争にまつわる話が残されています。昭和16年に巽聖歌(本名・野村七蔵1905-1973)が作詞、最初NHKラジオで紹介されますが、日本は戦争に入り、焚き火は敵国の標的になる、落ち葉も重要な資源、焚き火はもったいないなどの理由で2日間だけで放送中止。戦後、再びNHKのうた番組や教科書にとりあげられ、今日まで歌いつがれています。
(1) 垣根の垣根の 曲がり角 たき火だたき火だ 落葉たき
あたろうか あたろうよ 北風ピープー ふいている
(2) さざんかさざんか 咲いている たき火だたき火だ 落葉たき
あたろうか あたろうよ しもやけ おててが もうかゆい
(3) 木枯らし木枯らし 寒い道 たき火だたき火だ 落葉たき
あたろうか あたろうよ 相談しながら 歩いてる
◆ 小さい頃、よく畑や庭でよく焚き火をしました。ついでにヤキイモを作ることも度々。そのうちの何度かは、かじったら生焼けだったりして焼き直したり、口の回りを真っ黒くしながらほおばったものでした。今はもう集めた落ち葉を燃やすこともなくなりました。火曜と金曜の燃えるごみの日に出すだけです。いつから焚き火をしなくなったのか覚えていませんが、最後のヤキイモは既に20年も前の記憶になります。
これから焚き火をじっくりと味わうにはとてもよい季節です。長い夜はヤキイモを食べながら焚き火を囲んで、ゆっくりのんびり過ごしてみてはいかがですか。文化の森は冬への衣替えを終え、ちょっと寒い姿になりました。着ていた葉っぱは落ち葉となって家の周囲に積もっています。たくさんの落ち葉を踏みしめていると、やはり焚き火を始めたくなります。当然、焚き火を囲むとヤキイモも・・・。 |