青葉城恋唄 
 vol.80
 2003/9/25

 テレビを見ながらCHOYAの梅酒を飲んでいたら、「青葉城恋唄」が流れてきました。確か昭和53年、20才頃の歌だったと思います。作曲者のさとう宗幸が出演していた仙台のラジオ番組に作詞者が投稿。これに曲を付けて放送したのが口火で全国に広がったものです。仙台を中心に活躍していたシンガーソングライターのさとう宗幸は、この1曲によって全国区になりました。この名曲は仙台の美しい風景や情緒豊かな文化を美しい歌詞とメロディで歌っています。広瀬川・杜の都・青葉通り、懐かしい思い出の場所です。サラリーマン時代、広瀬川沿いでよく手作りの弁当を広げたものでした。
 宮城を離れた人間にとって、ふと故郷が恋しくなったときに仙台を思い起こさせてくれ、そして、仙台に暮らす人には、普段、忘れてしまっている杜の都・仙台の魅力を改めて気付かせてくれる、そんな心の故郷を思い出させてくれます。

 広瀬川流れる岸辺 想い出は帰らず 早瀬躍る光に 揺れていた君の瞳
時はめぐり また夏が来て あの日と同じ 流れの岸
瀬音ゆかしき 杜の都 あの人は もういない
七夕の飾りは揺れて 想い出は帰らず 夜空輝く星に 願いをこめた君の囁き
時はめぐり また夏が来て あの日と同じ 七夕祭り
葉ずれさやけき 杜の都 あの人は もういない
青葉通り薫る葉緑 想い出は帰らず 樹かげこぼれる灯に ぬれていた君の頬
時はめぐり また夏が来て あの日と同じ 通りの角
吹く風やさしき 杜の都 あの人は もういない
時はめぐり また夏が来て あの日と同じ 流れの岸
瀬音ゆかしき 杜の都 あの人は もういない

 広瀬川の名前の由来ははっきりとしませんが、川幅は広いけれど、瀬(浅い川の流れ)が多いといった意味で名付けられたと言われています。逆に、アイヌ語の「セプナイ(広い川という意味)」が「せんだい」になったという説から、広瀬川が仙台の名の由来という話もあります。かつて伊達政宗の仙台開府の頃は、地域の地名をとった作並川・熊ヶ根川・愛子川などが、仙台川と呼ばれていたようです。
 広瀬川は宮城・山形の県境の関山峠付近を源とする、青葉山丘陵の根元を削るように仙台市内を流れ、太平洋にそそぐ清流です。仙台市が「広瀬川の清流を守る条例」を制定、河岸の環境保全や水質保全に努めています。100万都市仙台の中心部を流れながら、アユが釣れ、カジカガエル(蛙)が鳴きます。四季折々にカルガモやヤマセミなどの野鳥の姿も見られ、河原はバードウォッチングに最適です。人それぞれに日本各地、ふるさとがあるように大事にしたい景観があるはずです。100万都市でこれだけきれいな清流が残されているのも不思議な気がしますが、それだけ地域から愛されてきた広瀬川だったように思います。

 山形県境の近く、風倉沢と坂下沢との合流点が広瀬川の上流端とされ、山や多くの木々の間を抜け、中流部から下流部にかけて仙台市街を流れ、下流部で名取川と合流します。流域面積311平方km、長さ45.2kmです。「名水百選」や「残したい日本の音風景100撰」、「21世紀に残したい日本の自然100選」に選ばれ、杜の都である仙台のシンボルとして欠かせない存在です。
 但東に暮らしている今、自然が多い田舎だと言われながらも河川は三面コンクリート貼りです。