哀しいサラリーマン 
 vol.71  2003/7/25

 先日、豊岡駅前で自転車に乗った二人組みの外人に、「貴方は今幸せですか。少しだけお話してもいいですか」と声を掛けられ、何とも云えないような気持ち悪さを覚えました。キリスト系の宗教です。今、日本の若者は本当に幸せそうな顔で毎日を謳歌しているのでしょうか。ただ毎日を快適に過せるという喜びだけで、そこに希望や使命感といったものを感じとることができないように思います。あのときの宗教団体から貰った本には、「やがてこの地球上には選ばれた人だけが、病気、老い、恐怖といったものから克服され、永遠に平和に暮していける世界がやってきます。(キリストが復活するそうだ)」ということが書いてありました。誰がそんな気持ち悪い世界で生活したいかとそのとき思いましたが、今の日本の若者にとっては変りのない世界のような気がしてなりません。

 一方サラリーマン世代、高齢者にとっても何の希望があるというのでしょうか。若者以上に少ないかもしれません。成長期の終った日本において、新しい仕事、やりがいのある仕事、使命感のある仕事を見つけることは頗る困難です。サラリーマン生活に疲れたからといって自営が楽かといえば、そうでもないようです。 「サラリーマンほど気楽な仕事はない」といったのは植木等です。一方で「しがらみばかり多くて宮仕えは辛い。自営が一番。」と脱サラして個人事業に入る人もいます。どちらがいいのか分かりませんが、志向や適性・状況によって随分と違ってくるものだと思います

 平成9年に亡くなった人気小説家・藤沢周平の短編小説「たそがれ清兵衛」。山田洋次監督初の本格時代劇映画です。時代小説の人気作家として多くの作品がテレビドラマ化されている藤沢周平ですが、映画作品として映像化されるのは今回が初めてのようです。主演は真田広之と宮沢りえ。山田洋次監督は、この映画で支配者としての武士階級を描いているわけではありません。ここに登場するのは上役の顔色をうかがい、藩内の派閥争いに一喜一憂するサラリーマンの写し絵としての武士たちです。主人公の清兵衛は出世や栄達を願わず、ただ自分と家族の幸せを噛みしめることに喜びを見出すマイホーム主義者ですが、彼の特殊な才能が上役たちに目を付けられ、好むと好まざるとに関わらず、彼は危険な仕事を押しつけられることになってしまいます。それは命に関わる危険な仕事で、誰もが嫌う汚れ仕事です。だが「これは藩命である。藩命すなわち藩主の命令であるぞ!」と上役に迫られてはどうしようもありません。家族の生活をたった一人で支える清兵衛は、この命令を断ってお役目を返上し、家族を路頭に迷わせることなど許されるはずもありません。

 この物語は維新を目前に控えた幕末が時代背景です。藩の命令に従ったとしても、その藩そのものが、藩を支える幕藩体制や武家政治そのものが、ほんの2、3年後には消滅してしまうのです。東北の小藩の藩士たちも、そうした世の中の動きに無関心ではいられません。清兵衛も侍の世が間もなく終ることを肌で感じていたのでしょう。それなのに、藩の重役たちはいまだつまらぬ御家騒動を繰り広げています。間もなく消滅してしまうことが見えている藩の命令で、人をひとり斬らねばならぬ清兵衛の後ろめたさとやるせなさ。一方斬られる側に立った者も、やはり時代の流れをひしひしと感じています。「俺は逃げる」と男は言う。「逃げて数年たてば世の中は変わる」と言います。共に宮仕えの不条理を味わい尽くした二人の男の運命は一瞬交わり、しかしそれでも刃を交えざるを得なくなる不合理。

 ほとんど滑稽としか言いようのないこの手の不合理は、今も日本のあちこちで起きていることだと思います。サラリーマンは明日会社が潰れるとわかっていても、今日は会社に出かけていつも通りに仕事をします。。朝のニュースで会社の倒産を知っても、とりあえず通勤電車に揺られて遅刻せずに会社に駈け込もうとします。潰れかけた会社の中でも派閥抗争は熾烈を極め、自分の進退に一喜一憂する人々がいます。そんな悲しいサラリーマンの習性は、江戸時代から何も変わらないのかも知れません。相次ぐ倒産、断行されるリストラ、戦後最悪の失業率。この間、中年サラリーマンの自殺の急増は、男性の平均寿命の低下を招いたとまでいわれます。