北の国から 
 vol.46  2002/8/30

 北海道で暮らす家族の姿を丁寧に描き続けた人気ドラマ「北の国から」が、9月6日から2夜連続で放送される最終作「北の国から2002遺言」で、21年間に及んだシリーズに幕を下ろす。昭和56年10月に連続ドラマとしてスタートした同作は、離婚を機に故郷、北海道・富良野に戻った五郎と2人の子供の成長を、美しくも過酷な自然をバックに描いてきた。その後、スペシャル版7作が制作され国民的な人気を獲得。この9月に放送される8作目をもってピリオドを打つことになる。番組終了は、主要スタッフが定年を迎え、同じチームでの撮影が困難になったためということである。これも長寿番組の持つ宿命なのでしょう。
 「北の国から」の最大の特徴は'81年から02年の間出演者が連続しています。当時子役だった子供たちはもう30歳を超え大人になっています。ということは視聴者も彼らが成長していく姿をほぼリアルタイムに20年以上見続けてきたということです。でも、手放しに「北の国から」が大好きだとはなかなか言いづらいものがあります。「ワケあり」な人たちばかりが登場する富良野で、考えようによってはかなり陰惨な話も多い。北海道の大自然の美しい景色や、真っ白な雪景色と、さだまさしのな歌でほのぼのとさせられている気がします。

 当初の'81年の放送は、こんなに長寿番組になるとは恐らく誰も想像せず、通常の連続ドラマとして作られたと聞きます。「ひ弱な都会っ子だけど感受性の強い」設定の兄純役には吉岡秀隆、「大人しいけど芯の強い」設定の妹螢役には中島朋子が選ばれました。しかしこの番組がシリーズ連続化していくうちに、ギャップが広がっていったのです吉岡は本来純がもっているべきはずの「繊細なキレ」というものが消えていきました。中島は本来螢がもっているべきはずの「清楚さ」は消え「魔性」的な雰囲気をかもし出して来たのです。彼らは成長するに従い、本来もっているべき顔も捨て生身の吉岡と中島はどんどん自分本来の顔へ可能性を絞っていきました。
 正吉役の中沢佳仁。子役時代は「北の国から・本編」ではのんきな田舎の子の設定でしたが、「'95秘密」の再登場で渋さが加味され、準主役の扱い。子供のころはパッとしなかったけど大人になったらいい顔してる、という典型です。小さい頃僕らを仕切っていたガキ大将が今ではもうすっかり普通のサラリーマンになっていたとか、当時はかわいいと思っていた幼なじみの女の子が結婚もしないで、会社の上司と不倫して駆け落ちしたとか、そういう経験は誰もがしていることなのではないでしょうか。最近、中学時代の友人たちとメールで連絡し合っていますが、大きな建設会社の三代目社長だった友人は銀行からの社長を受け入れ、本人は会長として東京の病院にいるという。老舗着物屋だった友人は春まで何とか持ちこたえてたが、その後に倒産。ある友人は脳溢血で亡くなっています。また、ある友人は俳優として頑張っています。まるで「北の国から」のドラマが日常でもそのまま展開しています。

 最終作「北の国から2002遺言」。いつも五郎は何かを残してきた人というか、残していくであろう生き方をしてきた人なんでしょう。自分は避けようとしても、息子や娘には何かが残っていく。残そうとして残してきた人じゃない五郎が、最後に何を残すのかって…興味があります。結局、『遺言』は、終わりですけど、その中に“新たな出発”という意味合いもすごくある作品だと思います。
 モンゴルで暮らしていた3年間、見るべきテレビ番組もないことから、日本から送られてきたビデオ「北の国から」を、家族で何度も何度も見ました。電気も水道もない、文明とは一歩距離を置いた生活。雪かきをしたり、薪を割ったり、火をともしたり、ランプのほやを磨いたりして家族の一人一人が家事を分担しなければならない生活。自分の知恵と行動で沢から水をひいたり、風力発電で灯りをともす。その苦労と達成感。もちろん、実際にそんな生活をしたら、いいことばかりだけではなく、つらいこともたくさんあります。そんなことをモンゴルでの暮らしのなかでオーバーラップしながら見ていたように思います。日本に帰国し、インターネット、IT革命という言葉が身近にあふれ、ふっと我にかえると、もっとシンプルな生活に憧れている自分に気づかされました。1980年当時、大学を卒業したばかりで、社会の荒波にもまれ始めた時期であったけれど、既に「北の国から」の生活は遠いものに思えました。そして、そんな生活からますます離れていくだろうと漠然な不安を抱いてきましたが、現在の日本をみるとどこへ向っているのか疑問だらけです。