妻たちの帰省 
 vol.45  2002/8/15

 帰省やレジャーで首都圏から地方に向かう交通機関のラッシュが11日、ピークを迎えていました。新幹線や飛行機は午前中からほぼ満席の状態で、高速道路の下り線では早朝から数十キロの車の列ができています。東海道新幹線では、こだま号はまだ少し空席が残るものの、東京駅を発車したひかり号はいずれも、乗車率110%〜190%という混雑ぶり。ホームには列車を待つ長い列ができ、大きな荷物を抱えて子供を連れた夫婦などの姿が目立ちます。JR東日本でも、東北、山形、秋田新幹線の11、12日の下り列車の指定席が満席だそうです。お盆休みを古里で過ごす人たちの帰省ラッシュが11日ピークを迎え、高速道路や新幹線、空の便は大混雑でした。成田空港も海外旅行の若者や家族連れで早朝からごった返していました。正月とお盆の民族大移動です。

 中1になる次男はお墓参りをしたことがありません。お盆といっても、ピンときません。田舎に暮らしていると、お盆の時期はあちらこちらと親戚が集まり、にぎやかな様相を呈しています。我が家では迎える人もなく、相変わらず静かな生活です。お墓もなければ、仏壇もありません。当然ながらお参りに行くお寺もありません。近所では、花と水桶を持って墓参りする人たちの姿があちらこちらで見かけます。普段見かけない子どもたちも叔父さんや叔母さんたちと手をつないで歩いている微笑ましい光景も見かけます。今日は如布神社の盆踊りです。青年団の人たちは朝から準備で忙しく動いています。

 お盆に対する意識もかつてとは大きく変化しています。正しくは「盂蘭盆会(うらぼんえ)」のことで、略してお盆といいます。盂蘭盆とは、サンスクリット語の"ウラバンナ"を音訳したもので、「地獄や餓鬼道に落ちて、逆さづりにされ苦しんでいる」という意味で、そのために供養を営むのが、盂蘭盆会なのだそうです。
 釈尊の弟子の一人、目連尊者という人が、神通力で亡き母の姿を見たところ、母親は、餓鬼道に落ちて苦しんでいました。 何とかして救いたいと、釈尊に尋ねると、「七月十五日に、過去七世の亡き先祖や父母たちのために、御馳走を作り、僧侶たちに与え、その飲食をもって、供養するように」と教えてくれました。教えの通りにすると、目連の母親は餓鬼道の苦をのがれ、無事成仏することができたそうです。 この故事が、盂蘭盆会の始まりといわれています。つまり、お盆は先祖や亡くなった人たちが苦しむことなく、成仏してくれるようにと、私たち子孫が報恩の供養をすることです。

 こちらの町に来てから7年半になります。6年前に家族で一度帰っただけです。個人的には出張の帰りなどに時折立ち寄ることはありますが、妻と次男は一度だけしか帰省していません。長男は2年前に一人で東北旅行をしていますし、今年は受験生ということもあり遠慮して家に残っています。9日、但馬空港から大阪空港経由で三沢空港まで一飛びです。帰りは新幹線で宮城県に立ち寄ってから16日に戻ります。次男は初めての墓参りとはじめて見る親戚たち、どんな感想を持ったのだろう。
 妻たちが帰省して3日目の11日から庭に咲いていた花たちが急に枯れ始めました。猛暑ということもあるのでしょうが、アッという間に全滅です。後からいくら水遣りをしてもダメでした。元気なのは直接地面に植えてあったハーブ類だけです。駄犬ゴンもどことなく寂しそうな鳴き声です。いつもは妻に「うるさい」と怒られてばかりいるのに、生活のリズムが狂ってしまったのか、餌もほとんど食べずに残してばかりいます。散歩係の次男がいないこともあり、少々運動不足とストレス気味なのかも知れません。それに、いつも切れることがなかったトイレットペーパー、いつもあるとばかり思っていたトイレットペーパー探しに1階と2階を行ったり来たり。仕方なく台所にあった幅の広いキッチンペーパーで代用。これまで当たり前だと思っていたことが、ここ数日の妻の帰省によって、自分の受けていたささやかな恩恵に気付かされました。ささやかな恩恵に対してどれだけ感謝しなければならないか考えさせられました。そして、ほんのささやかであっても、自分の受けている恩恵をみんなで分かち合うことを考えるきっかけにもなりました。
 13日から朝晩はやや涼しさを感じるようになり、ようやく猛暑も和らいできました。今年の東北は逆に冷夏ということであり、同じ日本でありながらおかしな天候です。16日は午後から休暇をとって福知山駅まで迎えに行きます。これで庭の花たちや駄犬ゴンもきっと元気になることでしょう。