テレビ出演依頼 
 vol.42  2002/7/16

 二ヶ月前の5月16日、東京の朝日テレビ本社ディレクターから職場に電話。午後3時半だというのに、これから東京を出発して但東町に行って取材させてほしいと一方的な取材依頼。聞けば、あのニュースステーションの冒頭で使いたいネタだという。取材の中身は、瀋陽総領事館に対してのコメント、警備官に関する事実関係、チャイナスクールと呼ばれるグループ、鈴木宗男氏に関して等々。
 今から羽田空港に向かい、但馬空港経由で但東まで行ったら放送まで間に合うんじゃないかとしきりに話していますが、日本はそんなに狭くないですよ。でも、どうしても今日中に取材して流したいとのことでした。最後には根負けした感じで、顔と名前を出さない約束で承諾。承諾してから、どこでどのように取材するか急遽、検討。20分ほどしてから、また電話があり、隣町の福知山市にスタッフが向っており、勤務終了後にすぐにホテルで待ち合わせ。午後6時、福知山駅前にあるホテルに取材スタッフ3人が既に待機しており、着くなり雑談をしながら趣旨の説明。ホテルの部屋はシングルで、照明は消されてカメラのライトだけ。ブレザー部分だけにライトが当てられ、顔はまったく映っておりませんでしたが、部屋の鏡に後頭部が映っており、見る人が見たら分かる程度でした。

 後で聞いたら、スタッフは和歌山で鯨の取材をした足で直行させられたと話していました。その証拠に鯨の形をした郷土玩具を土産に買ってきたのだと見せてくれました。取材したテープはバイク便で大阪まで届けられ、電送で東京まで送られるそうです。取材が終わったのが、午後7時半近くだったので、大阪までバイクを飛ばして、すぐに編集していたとは神業に近いものだと感心しました。午後9時55分に番組が始まり、さすがにテレビは旬が大切だと話していたディレクターの意味がよく分かりました。放映された顔のない自分の姿を見ながら、犯罪者にも似た嫌な感じだけが残りました。危ない会話はカットされていましたし、上手く編集していたと思います。翌朝、ある著名な評論家が全く同じコメントをしており、苦笑いしてしまいました。こういう話題はテレビでは旬が大切だと思うのですが、個人のHPでは旬が過ぎないと書けない辛さがあります。関係者や知人に迷惑をかけることを配慮すれば、ある程度の時間経過が必要になります。情報源は言えませんが、インターネットから得られる胡散臭い情報とは明らかに違います。

 その後、NHKの衛星放送BS2の「人生自分流」という担当者から電話。4月から始まった新しい番組で、9月放映予定の取材ができたらということでしたが・・・。人生応援歌みたいな番組らしいのですが、あいにく未だ見ておりません。あれから一ヶ月以上が経過し、何の連絡もないまま。経歴に問題があったのか、伏魔殿外務省から博物館長ではこのご時世だけに洒落にもなりませんし、社会的な問題もありますし、おそらくボツになったものと思います。企画書を送ってもらいましたが、やはり上手くまとまり過ぎている気がします。本当はドロドロとした人生経験の中から、現在があるわけですので・・・。

 最近は放映してほしい肝心の博物館の取材ではなく、これまでの人生に興味を持たれるとは皮肉な結果です。好んで歩んできた人生でもなく、その時々の情勢に翻弄されながら、その時々の置かれている立場で考えてきた結果だけなのです。周囲の人たちからは様々な苦い経験はいい勉強になりましたねと言われますが、そんなことを考えながら生きてきたわけではなく、その時その時をただ精一杯生きてきただけのような気がします。学問に裏付けられたものがあるわけでもなく、ただ単にこれまでの経験の積み重ねだけです。ですから、経験したことのないことは話せませんし、語る資格も持ち合わせていません。ひとつだけ言えることは、どんなときも少年の夢だけは消えなかったということです。こんな不器用な生き方もテレビ番組として成立する可能性がある時代になったのかと思うこの頃です。9月に放映されなかった場合は、ディレクター段階でボツになったものと理解していただければと思います。