居心地のいい居酒屋がほしい 
 vol.36  2002/5/7

 田舎に暮らしていると、時折、歩いていける距離に居酒屋がほしくなるときがあります。近所にもスナックはあるのですが、小ぢんまりとしたサンダル履きで常連が集まれる、そんな店が恋しくなります。居酒屋とは字の如く、酒屋の店先で酒を飲む「居酒」客に簡単なつまみを出したのが始まりだと聞きます。逆におかずを売っていた店先で、その場で「居酒」させたのが始まりだとも言われますが、どちらも同じようなものなのでしょう。江戸時代中期から後期にかけて、大都市で発生したものであることは間違いなさそうです。と言うのも、江戸幕府は参勤交代などで単身赴任する侍や職人たちが江戸にあつまり、その仕事帰りに立ち寄って一杯やる「飲みゅにけーしょん」だったようです。最近の居酒屋はメニューも豊富で、女性同士でも気楽に入れる雰囲気がいいようです。お洒落で横文字の店も多くなっており、昔日のようなオヤジくささは感じません。

 東京出張の度に知人たちが集まる場所は第一に居酒屋、ある程度調子が乗ってきたらパブという具合に、パターンが決まっています。仕事帰りに赤坂見附でテレビでもお馴染みの居酒屋に入ったら、テレビでやっているのとは大違いにガッカリ。うるさい社長に大変だなあーなどと、店員を励ましてやろうなどと思いながら入ったのですが、しらけてしまいました。有名社長さんが外食産業としての居酒屋はこうだと豪語している割には、対応のお粗末さに腹立たしい思いまでも・・・。入口で30分待たされ、席について注文までに30分、注文してから更に30分。アルバイトの店長は携帯電話で誰かと長話、こちらと目があっても見てみぬ振り。アルバイトの女の子たちも、だらだらと話しながら立っているだけ。若い客が彼らに注意しても、「すいません」の一言もなく、ただただ呆れ返るばかり。外食産業の厳しさをドキュメント風にした番組としてよく知られている店だけに、こんな姿を見てしまったら裏事情までもが想像されてしまい、二度とこの不快なWTチェーン店に行くことはないだろうと思うのです。居酒屋も大きくなってチェーン化していくと、マクドナルド同様にマニュアル通りのものしか提供できないのかと、ガッカリ。本来、居酒屋の雰囲気に求めているのは、店主との会話やその魅力、そして居心地のいい空間ではないのでしょうか。

 八戸時代に何軒か馴染みの店があり、今でも長いお付き合いをさせてもらっています。居酒屋ではありませんが、今でも帰る度お世話になっている「蔵」と「加寿良穂」というお店があります。「蔵」は八戸市内の目抜き通りにあり、表からチョット奥まった位置にあります。戦災で焼け残ったという蔵を活用したもので、青森の方なら大抵よく知っています。宇津井健さんが出演したサントリーのコマーシャルで、一年間のロングランでCMが流されたお店です。杉本社長の地元食材にこだわったメニューが定評です。間違っても季節外れの食材や、養殖ものなどは出てこないのが当たり前。天然物のフジツボなどを都会の人たちが見たらびっくりするかも知れません。10年以上の物で高さ7〜8センチもあり、ストローで中のエキスを吸ったりしますが、海のミルクそのものです。通ならば、是非とも味わいたい一品です。

 「加寿良穂」と書いて「かじゅらほ」と読みます。インドにあるカジュラホ寺院からとった名前だそうです。オーナーは芸術家のご夫妻です。初めて行ったのが学生時代の恩師に連れられ、夏の暑いときだったように思います。既に25年前の話ですが、昔は店の前に荒町屯所がありました。屯所は確か大正時代の建物で屋根が葱坊主のようになっているロシア的な雰囲気があり、オーナーが好きな建物だったので、その前で店を始めたと話していました。近くには神明社もあり、祭礼のときなんかは夜遅くまで大勢で賑わっていたものでした。
 八戸市内丸にある「三徳」。八戸市役所から三八城公園に向かって歩くと、狭い路地に大きな赤提灯と焼き鳥の匂いがしてきます。けしてお世辞にもきれいな店とは言えませんが、仕事帰りのサラリーマンがよく立ち寄る店です。狭い店の中にはダルマストーブがあって、冬はおでんで一杯というのが定番でした。兵庫県に住んでいながら、今でも同級生が「三徳」の焼き鳥を送ってくれるのです。急に学生時代へ戻った感じで、気分は学生そのものです。無茶ばかりしていた頃が妙に懐かしくさせてくれる「味」です。

 いずれの店も、北国の寒風にふるえ、コートの襟をたてながら、暖簾越しの温もりが何ともいえない情緒がありました。丹精込めた料理と、旨い酒、そして何よりもブラッと入っても心温まるもてなしが待っている店なのです。学生時代から四半世紀にもおよぶ長いお付き合いになりましたが、歳を重ねただけの味わいも深まってきたように思います。