完全失業率最悪の5.3% 
 vol.32  2001/11/8

 10月末に博多へ出掛けてきました。ホテルは博多駅の筑紫口側にあるホテルセントラーザ博多です。北九州で仕事を終え、駅の名品店街で夕食の買物をしての帰り、突然ホームレスの人に声を掛けられ、しばし世間話。名品店街で買ってきたビールを一緒に飲みながら、何気ない他愛のない話。今夜は中州にでも出て、北京でお世話になった友人とでも再会しようとしていたが、残念ながら彼も出張中とのこと。別に急ぐ用事があるわけでもないので、今夜はダンボールハウスで初体験。偶然、声を掛けてきた彼は私と同じ東北出身の50代半ば。岩手県盛岡市から土木関係の仕事で出てきたところ、一月前に会社が倒産して博多駅で過ごすようになったと言います。しばらく職探しをしていたが、ことごとく断られて、気がついたらダンボールハウス。電車の吊広告、電柱のビラ、新聞広告を見て職を探したが、すべて断られ今では諦めてしまったそうです。今日も新聞で見た求人案内に電話をしたが、3件ともダメ。公共工事の減少に伴い、仕事自体が減っているのに加え、受注が元請け下請けで止まり、弱小企業の孫請けまで仕事が回ってこないと指摘します。さらにハローワークの求人票や新聞広告の「経験者優遇、年齢不問」とあっても、現状は40代では話にならず、せいぜい30代までだといわれます。特に厳しいのは45才以上です。条件のいい仕事なら35才くらいまで。募集や採用の際に制限を設けないよう事業主に努力義務を課す改正雇用対策法が10月から施行されましたが、理解しているところはほとんどいないのが現状でしょう。

 バブル崩壊後の90年代後半から全国的に見てもホームレスの人たちが確実に増えているそうです。ホームレスの実態調査をした大阪市立大の森田洋司教授は、彼らの?末を次のように語っています。不安定就労の中で、やむを得ず出てきた生活形態で、様々な職業を経て最後は建設労働者となって失職したケースが多いと指摘しています。ホームレスの平均年齢は55歳で、高齢化なのも日本の特徴だそうです。日本では高齢者からリストラが当たり前と思われていますが、フランスやドイツでは若者から順に解雇されていくと聞きます。都会に大きなビルを建設し、高速道路を走らせ、まさに高度経済成長をまっしぐらに走ってきた人たちが、建設業界の合理化の前にはじき出された格好です。これまでの建設業界が労働を不安定就労者でまかなうシステムを作ってきたくせに、こういう世の中になるといとも簡単に余剰労働として切り捨ててしまいます。ホームレスの人たちをマイナスのイメージだけで語るのではなく、現代社会の受難者として理解していくことも必要ではないかと思います。

 こんな博多のど真ん中で偶然に出会った東北の人間同士だけに、何か他人事のように感じられません。言葉を聞いていても、懐かしい南部弁がかすかに残っており、わんこそばで有名な直利庵のそばを食べてみたいと話していましたが、こんな会話が出るほどなのでまさしく盛岡の人です。20数年前とは比較にならないほど変貌した盛岡の話をしたら、急に顔が曇り始めてしまいました。ふるさとを離れた人間にとって、ふるさとはいつまでも変わらない、変わってほしくないものなのかも知れません。いつまでも手放しで温かく迎えてくれるものが心に描いているふるさとなんでしょう。

 土木の仕事一筋で頑張り、福岡市営地下鉄工事に関わっていたときは寝る暇もないぐらい忙しく働き、福岡ドームの建設以降は徐々に仕事も少なくなってきたそうです。給料も多いときで手取り40万円を超えることも珍しくなかったと言います。会社が倒産する頃には給料が5万円だけ・・・。それでも社員一丸となって頑張ればなんとか回復するだろうと思っていたそうですが、結局は会社の体力がもちこたえられませんでした。今は所持金も底を尽いてしまい、二日間食事をとっていない状態です。話しを聞いていて、彼だけでなく我々皆なも孤独で辛い淋しい似た者同士なのかも知れません。こんな夜は夜明けまで思い切り飲みたいものです。詳しい家族の話は嫌がりましたが、仕事の話になると人が変わったように自慢話を大きな声で話し続けていました。

 残念ながら日本の社会は別な潮流となって流れ始めているようです。一流大学を卒業したところで、人生の最良のビジョンは見えてこないし、一流会社に入社したところでリストラや倒産が待ち構えている世の中です。こんな時代に生まれてきたんじゃないと嘆いてみても何も始まりません。こんな暮らしにくい社会だからこそ、新しい時代に思いを馳せるのは極めて普通のことだと思います。鬼束ちひろの「月光」の中にこんな歌詞があります。「この腐敗した世界に落とされた こんな場所でどうやって生きろというのか こんなもののために生まれたんじゃない」そう思いたくなる昨今です。

 翌朝6時、長崎方面に出掛けるため駅に向かいましたが、昨夜の彼は地下鉄入口の階段に布団を敷いて熟睡していました。声を掛けようかとも思いましたが、家族の夢でも見ていたら気の毒だと思い、土産用に準備していた地酒をそっと置いて通り過ぎました。小泉首相の構造改革の掛け声をあざけるように現実が先に転がり落ちてきた思いです。過去最悪を大幅に更新してきた完全失業率。大失業時代の序章だという人もおり、社会から排除されていく中高年、そして定職につけないフリーター志向を強めていく学生たち。状況はあらゆる世代を飲み込んでしまい、街の秋色を一層深くしているようです。そして、この先にはまだまだ厳しい現実の冬が待っているのでしょうか?