◆ 訃報 ! 歴博前館長佐原真氏 ◆
 vol.93  2002/7/28

 7月10日、千葉県佐倉にある国立歴史民俗博物館の前館長だった佐原真氏が逝去された記事が流れてきました。まだまだ現役のバリバリ館長と思っていただけに驚きのほうが先でした。享年70歳で、膵臓癌だったといいます。昨年暮れから膵臓の検査で入院し、現在も加療中の身にとっては、他人事とは思えません。

 国立歴史民族博物館長、かたや田舎のモンゴル博物館の館長、同じ館長でありながらこんなにも違う薄っぺらな肩書き。佐原氏の歩まれてきた人生そのものが、20世紀を象徴するかのような考古学会、一般の人たちにも分かりやすい平易な言葉を使い、これまでの学者主義と呼ばれる近寄りがたい偏屈な考古学界を一般の人たちの手に戻した功績は大きいものがあります。考古学や文化財の大切さを分かりやすく説き続けてきた考古学者であり、わが国弥生文化研究の重鎮にもかかわらず、少年の好奇心最後まで持ち続けた一人ではないかと思います。

 大阪市生まれで、小学生の頃からの考古学少年。東京で過ごした中学生時代に、縄文土器の大家だった山内清男博士の研究室に出入りしていたという。京都大学の入試に三度失敗し、大阪外大でドイツ語を学び、京都大学大学院考古学教室で小林行雄博士に師事。そして、奈良国立文化財研究所埋蔵文化財センター長。単に考古学者だけにとどまらず、民俗学・民族学・自然人類学など幅広い知識に裏づけされた新鮮な発想にはいつも魅了されていました。
 江上波男氏と論争された「騎馬民族は来なかった」は佐原氏側に分があるように思いますが、読んでいてかつてのミネルヴァ論争を彷彿させるものがあります。若い研究者がその道の大家へ果敢に挑んでいく姿は、気持ちよい爽快感がありました。でも、騎馬民族征服国家論を否定する基礎となった牧畜研究をはじめ、徹底したこだわりから出発していることが理解できます。

 佐原氏が兵庫県伊丹市史の原稿を執筆していたとき、市の若い職員から文章の難解さを指摘され、愕然とした体験から分かりやすい考古学に心がけられたという。普通の学者であれば、失礼千万な職員に対して違う対応をとったに違いなかったと思います。この辺が、佐原氏の柔軟な発想と純真さなのでしょうと、大阪府立弥生文化博物館長の金関怒恕氏が話されていました。
 佐原さんとはある講演会で遠目にお目にかかったのが一度きりで、会話したことさえありません。館長時代もいつも変わらず、すべての関係者に丁寧に平等に接し、必ず「・・さん」と呼びかけられていたそうです。そんな生き方から影響を受けた若い学徒も多かったことでしょう。考古学とともに生きられた人生、心からご冥福をお祈りします。