本当の平和教育ってなんですか? 
 vol.92  2002/7/26

 ちょっと事情があり、家でビールを飲みすぎてしまいました。といっても大した量ではありませんが、その勢いで書いております。ある新聞社の但馬支局に春まで勤めていた友人から電話があり、東京本社で平和教育に関してのプロジェクトを担当しているとのことでした。タメネタも含めて、しばらくぶりでの会話を楽しみました。全国へ取材で飛んでいる様子が電話の向こうからも想像ができます。彼の博識ぶりには定評があり、どんな記事でもそつなくまとめており、記者として貪欲なまでに事実関係をつきとめ、冷酷なまでに事実主義を貫いてる姿は年齢的には私よりも若いのですが、会うと刺激的に心を揺さぶられてしまう魅力を秘めていました。

 たまたま頼んでいた「琉球的哀華」というCDが届いており、頼まれた原稿を書きながら聞いていたら、平和教育について思うことがありました。盲目のテノール歌手の新垣勉さんの話を思い出しました。日本人離れしたラテン的な明るい声で、「さとうきび畑」を歌う姿が強烈な印象として浮かんできます。「さとうきび畑」といえば、森山良子の定番になっていますが、やはり新垣勉の「さとうきび畑」を聞いたら、背筋が凍りそうな雰囲気を呈しています。美しいメロディーとは裏腹にショッキングな詩は、強烈な衝撃です。・・・ある日鉄の雨にうたれ父は死んでいった・・・そして私の生まれた日に戦の終わりが来た・・・。現在、私たちが暮らしている日本、その多くは平和ボケした日本人ばかり。本当の平和教育って何ですかと問うて、真剣に答えてくれる人は何人いるのでしょうか。

 米兵を父に、地元の女性を母に生まれた新垣勉。生後まもなく助産婦のミスで失明。一歳の時にアメリカに帰った父は行方知れず、母は新垣氏を祖母に預けたまま再婚。自分だけが何故にこんなに不幸なのか、人生を呪って生きてきたといいます。中学2年で祖母が他界し、自分を捨てた母親、光を奪った助産婦、そしてアメリカに帰った父親、探し出して皆な殺してやろうと思ったそうです。高校1年、隣の井戸に飛び込んで自殺未遂。その後、賛美歌を歌いたいと、教会の門をたたき、師と仰ぐ牧師と出会う。
 両親への恨みを語る新垣氏の話を黙って聞き入り、涙する。人のために涙を流してくれる人がいるなんて、その驚きと自分を本当の家族のように迎えてくれた牧師一家の優しさ。こんなにもすごい出会いがあるのかと思い知らされます。
 ボイストレーナーが新垣氏の歌を聞き、「君の声は日本人離れたラテン的な明るい声だ。何故そんな声がでるのか」「素晴らしい声を授けてくれた父親に感謝しなければなりません。神からのプレゼントです。この声で、一人でも多くの人を元気付ける歌を歌いなさい」。マイナスだと思っていた自分の人生がプラスに転じた瞬間です。このことが、父親に会えたら許せる気持ちになるきっかけだったという。彼の音楽はテレビでしか知りませんが、伸びやかな歌声で心を慰められ、奮い立たせられ、歌の合間には必ず「人は出会いで成長する」と訴えています。真実との出会い、そして心と心とのぶつかり合いで人生は変わることができます。そして人間は、他人にもそういう出会いを提供する存在になろうと努力し続けることができると気付かせてくれるのです。大上段に構えなくても、一人の生き方から平和教育を教えられることがあります。上から押し付けられただけの平和教育は、当然ながら子どもたちには伝わりません。100人の先生たちがどんなに声を揃えても、新垣氏の重い言葉にはきっと太刀打ちはできないでしょう。それは、きっと先生たちが出会いの持つ力を経験してないから教えられないのではないかと思います。