◆ 今回のアメリカ同時テロはショッキングな出来事であり、アメリカ神話の崩壊を象徴する予兆とも映りました。首謀者と目されるビンラディンをかくまうタリバン政権、それを追うアメリカ。しかし、米軍の誤爆による死傷者も日を追うごとに増加しており、一般国民への被害は甚大です。
◆ モンゴル在勤時代、アパート上階の住人がアフガニスタン大使館の家族でした。モンゴルとアフガニスタンは国交を結んでおり、互いの国に大使館を設置していました。現在のモンゴルにはアフガニスタンの大使館はなく、数年前に撤退しています。当時のアフガニスタン大使館は大使以下数名の職員を配置していましたが、実際どのような仕事をしていたのかは不明です。職員よりも家族や親類も一緒に暮らしているケースが多く、本国から逃れてきているという話がありました。旧ソ連のアフガン侵攻、そして政権の交代というように、戦争状態がずっと続いています。そんな時期に、突然、大使とその家族が第三国へ亡命してしまいました。詳細は分かりませんが、その後は参事官が陣頭指揮にあたっていました。実際には大使館として機能しておらず、毎日の生活のために奔走していたのが事実だと思います。外交団アパートを一軒一軒回り、食材の提供を求めて歩いていました。当初は外交官がどうして物乞いのようなことをしているのか理解できずにおりました。また、ラマダンの時期になると、日中は何をしているのかよく分からず、日が暮れて夜になるとどこからともなく集まって来ていました。一見すると容貌がけわしい人が多く、近寄りがたい雰囲気を持っていました。
当時、残念ながらアフガニスタンに関する情報はあまり持ちあわせておりません。日本で暮らしていると、イスラム社会に対しての知識と認識は限りなくゼロですし、興味も関心もまったくといっていいほどありません。でも、7世紀にアラビア半島に興ったイスラム教は世界各地に広がり、いまや6億人のイスラム教徒がいます。キリスト教に次いで多い宗教なのに、私たちはあまりにも無知なのかも知れません。
今の日本で一番大切なことは、これまでのように日本人だけが寄り添って外部の人たちを排除する態度を改めることなのかも知れません。そして世界の国々について理解を深めることが必要です。相互理解こそが友好関係の基礎だからです。相手に学ぶことなしに自分を理解してもらうことはできません。自分の物差しだけで他の人たちを計ってはならないことです。異なった文化を持つ人たちを知ろうとすれば、見かけからではなく、その社会と文化に即して、内面的に理解するよう努めるべきだと思います。そして、正しい理解は相手を尊敬することから始まるものだと言えます。
◆ モンゴルの現地スタッフだったバタルチン氏の家に遊びに行くと、決まってアフガニスタンに赴任していた当時の写真を見せてくれました。大使館の運転手として首都カブールに家族と二年間暮らしていたようです。全体的に埃ぽっい街の印象ですが、写真に写っているアフガンの人たちは陽気に笑っているものばかりです。市場には果物や肉が豊富に並べられており、現在報道されている様子とは大分違います。
僅かな情報だけでしかアフガンのことは知りませんでしたが、私たちはこの家族からよくアフガンの家庭料理を頂戴していました。その中でも「かりんとう」のようなお菓子が美味しく、ビールのおつまみなら最高でした。そんな彼らも93年秋、突然、第三国に向けて亡命していきました。亡命する前日、1才になる次男へ上下お揃いの服をプレゼントされました。おそらく北京に出掛けて自分の子供たちのために買ってきたのだろうと思われるものです。子供たちの少ない外交団アパートの中では良き遊び友達だったようです。今、彼らはどこで何をしているのか一切分かりません。日本ならばハイバラは高校生、マリアは中学生になっている頃だと思います。彫の深いエキゾチックな顔立ちをした二人でしたが、今となっては何所かで会ったとしても見分けることはできないでしょう。せめて何所かで元気に暮らしていることを願うばかりです。悲惨なテロは憎いが、アフガンの国民までを憎む人たちは誰もいないはずです。人の生命よりもアメリカの主張が優先している現状、そしてそれをまるでゲーム感覚でしか見られない日本人の姿がそこにはあります。 |