◆ 暑い夏が続いています。まさしく酷暑と呼ばれる夏で、今年の夏は40度を超える地域もあり尋常な暑さではありません。夜も寝苦し日が続いており、寝不足とエアコンのせいか体調もいま一つです。こんな猛暑の中でも発掘調査は続けられているのでしょう。猛暑・酷暑と戦いながら、発掘調査に従事されている調査員の方々には敬意を表します。
発掘調査といえば思い出すのが、あの昨年11月に社会を震撼させた「旧石器ねつ造事件」です。宮城県の東北旧石器文化研究所の藤村副理事長が自ら石器を埋めて掘り出すというねつ造劇を自作自演していたというものです。この猛暑の中、各自治体や団体が一連の事件を検証するために発掘していると聞きますが、ようやく検証作業の中間報告みたいなものが見えてきたようです。福島県安達町一斗内松葉山遺跡では、ねつ造のために埋めて掘り忘れたとみられる石器2点が発見されています。埼玉県秩父市の小鹿坂遺跡では明らかに不可解な石器が多く含まれていることが分かってきています。山形県尾花沢市の袖原3遺跡からは直線距離で30km離れた宮城県色麻町の中島山遺跡から出土した石器が接合するというものでしたが、これも疑惑の目が向けられています。先日の報道では1993年と94年の調査区から新たに出土した石器3点がねつ造されていた可能性が強く、少なくとも93年当時から行なわれていた証拠としています。この石器は藤村氏がかつて調査した区域で出土し、石器のほぼ真下に移植ゴテを差し込んだ跡や、石器が埋まった火山灰とは明らかに違う柔らかい土が混じっていたと報告しています。
最近では大分県聖岳洞穴の発掘調査で出土した旧石器と人骨も、人骨は中世以降と判明しています。葛生原人や牛川人も否定されてしまい、旧石器人の確かな例は沖縄県具志頭村で発見された港川人だけになってしまいました。これらの「原人」も一連のねつ造事件の影響で疑問が投げかけられ、聖岳人については賀川光夫別府大名誉教授が3月に抗議する遺書を残して自殺しています。様々な形で日本考古学界に対する閉鎖的空気があったことなども指摘する声もあります。
◆ 昨年10月末、ニューヨークにいる知人が突然遊びに来ました。必ず二年に一度は訪ねてくれるのですが、たまたまテレビで「日本の前期旧石器時代は60万年前」というニュースが流れ、どう思うのか聞いたり、そんな訳が無いなどと盛り上がっていた矢先に、藤村事件が発覚しました。正直言って驚きましたし、一緒に活動していた何人かの人たちのことが急に脳裏をよぎりました。それだけにショッキングな事件でした。その後、本人の消息も分からないまま、春以降に遺跡や石器の検証作業が各地で続けられているのですが、日本考古学界全体に対する信頼回復はまだまだ厳しい現状のように感じます。
藤村氏はねつ造したのは2遺跡のみと告白していますが、それを信ずるものは今となっては誰もいません。魔が差したと本人は述べていますが、一連の検証作業の結果、本当はかなり早い時期からねつ造していたのではないかという疑念が強くなっており、もしかすると1970年代まで遡るのではないかと指摘する人さえいます。国立民俗歴史博物館の春成氏は1993年の東北旧石器文化研究所をつくり、上高森遺跡の発掘調査を始めたときからねつ造が特に著しくなったのではないかと推察しています。
◆ 旧石器時代の石器を数多く見たことがないのではっきり分かりませんが、宮城県という同じフィールドをある程度歩いていると、あまりにも縄文時代の石器と似たものが多いことに気づきます。いくらなんでも縄文時代の石器が前期旧石器と間違うわけがないと思われますが、普段あまり注意していない剥片石器なんかを改めてみてみると素人には確かに区別がつきません。藤村氏が発見する石器には、前期旧石器にみられない押圧剥離技術がみられるといわれます。この押圧剥離技術というのは、小型で複雑な石器が作られる技術で、石器技術の革命とまで言われるものです。どういうことかというと、飛び道具としての弓矢の鏃のようなものが作られるということです。原人がそこまで高度な技術を持っていたというのは世界的にみても可笑しな話です。また、上高森遺跡などは上の層が30万年前、下の方が70から80万年だそうです。僅か400uという狭い発掘範囲に数10万年という長い間その土地を利用し続けるでしょうか。文化面と呼ばれる生活の痕跡をしるした土層が10枚確認されています。簡単に考えただけでも、ここを数万年単位で10回も人類が利用していたことになるのです。狭い日本と言われながらも、たった20×20mの範囲に時期を異にする石器が埋まっていること自体、天文学的確率のような気がします。昨年11月発行の「現代」で、「私には50万年前の地形が見える」と藤村氏は書いています。オカルト的で恐ろしくさえ感じます。
◆ 60万年前の地層から円形に石器を埋めた穴や住居跡?、墓穴といった世界のどこにも存在しない遺構が次々に発見されてきました。考古学に情熱を燃やす人たちの善意で支えられてきた発掘調査が、今回の事件で途方もない無駄な労力と費用が使われてきたことになります。自らの人生を調査と研究に捧げてきた人たちもおり、ねつ造事件は取り返しのつかない犠牲者を出してしまったようです。検証作業が続いている中、なんと残酷な夏なのでしょうか。来年5月までに考古学協会の見解が示されるようです。 |