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| ◆ 躍動の春 ◆ |
| vol.61 |
2001/5/1 |
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◆ 春というより初夏を思わせる気候になりましたが、やはり夜は少し肌寒いようです。博物館前で開催されていたチューリップ祭りも、ようやく昨日で終了しました。博物館も多いときには1日で1800人の利用者があり、施設そのものがパンク状態でした。もともとそれだけの利用者を想定して設計していないため、館内は駅のラッシュ時状態。それでも平日はコンスタントに利用者が流れてくれて大きなトラブルもありませんでした。結局、4月の入館者総計は過去最高の8539人となりました。旅行会社との契約もバス29台で約1250人に上りました。季節を問わずこれだけの利用者があればと思うのですが・・・・・。
◆ 神戸新聞の「正平調」にさだまさしのヒット曲「風に立つライオン」の話が最近の朝刊に載りました。柴田紘一郎氏が2年間、アフリカのケニア・クナール州立病院で体験した実話をアレンジしたものだそうです。当時は、薬も医療器具も病院の設備も劣悪な環境のなかで、伝染病が蔓延している野戦病院の様相を呈していたといわれます。しかし、患者たちは力強かった。そして、治療によって回復することを信じ、一方では運の悪さを嘆いていたそうです。
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・・・・この偉大な自然の中で病と向い合えば
神様について 人について 考えるものですね
やはり僕たちのの国は残念だけれど何か
大切なところで道を間違えたようですね
・・・・診療所に集まる人々は病気だけれど
少なくとも心は僕より健康なのですよ
僕はやはり来てよかったと思っています
辛くないと言えば嘘になるけど しあわせです
あなたや日本を捨てた訳ではなく
僕は「現在」を生きることに思いあがりたくないのです
空を切り裂いて落下する滝のように
僕はよどみない生命を生きたい
キリマンジャロの白い雪 それを支える紺碧の空
僕は風に立つライオンでありたい |
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初めて聞いたのはモンゴルの日本大使館在勤中だったように記憶しています。日本から送られてきたCDの中に入っており、しみじみと聞いていました。海外青年協力隊JOCVとしてアフリカに赴任した若い医師が日本の恋人に手紙で決意を語るというストーリーで、歌のヒットとともに協力隊に応募する若者が増えたそうです。同僚であった医務官がアフリカのセネガルに転勤して行きました。その医務官の前任者はケニアに転勤になったあと、大使館を辞めてそのまま現地に残ったそうです。
◆ モンゴルに二年間赴任していた海外青協力年隊のNさんが、父親と叔父さんを連れて博物館にやってきました。二週間ほど前に帰国したばかりですが、またモンゴルに帰りたいという言葉が印象的でした。また、知人の女性が、福島県二本松市の訓練所で海外青年協力隊の訓練を4月から受けています。モンゴルで障害児教育に取り組みたいという熱心な女性です。ふとしたことからモンゴルに思いを寄せるようになり、今では未知の世界に可能性を求めて挑戦したい夢を描いています。日本という国を離れてみて、外国で新しい生活を体験しながら日本を眺めてみると、真の日本の姿が見えてくるかも知れません。日本の政局も大きく変化した春でしたが、離れて初めて見える姿があるものです。協力隊員は多文化の中で暮らし、様々な社会の枠組みや文化アイデンティティ、または生活価値観、コミュニケーションと対峙しながら複眼的な思考を培うことができると思います。現在の日本人に必要な「複眼的な思考」を是非とも養ってもらい、任国での社会作りを担う人材の育成に寄与してください。是非とも自分の力を信じて頑張ってほしいものです。二年後の帰国時には、「地球色」に日焼けした顔を見たいと密かに期待しています。 |
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