◆ 春は異動の季節です。これまでにも春になると異動や転職を経験してきましたが、今回は役場の機構改革に伴い、博物館が一課として独立することになりました。教育委員会は学校教育課と生涯学習課の二課でしたが、統合されて教育課になりました。教育課には学校係、生涯学習係、給食センターがあります。そして教育委員会は教育課と博物館になり、博物館はこれまでの業務に文化財を担当することを明記することになりました。業務内容に大きな変化はありませんが、運営面では楽になると思います。これに伴い人事異動が発令され、博物館では福田館長が勇退され、顧問として引き続きお世話になることとなりました。福田館長の下で、副館長を4年半経験させていただき、まだまだ若輩で館長の器ではありませんが、博物館建設の企画段階から関わってきた責任として福田顧問の意思を今後も継ぎたいと考えております。
◆ この季節になると、初めて故郷を離れたことが思い出されます。八戸市で送った学生生活。先月末にも学生時代の恩師が来てくれました。町内に分布している農村歌舞伎舞台の報告書の原稿を校正するためですが、青森からわざわざ調査のために、学生を引き連れてやって来てくれました。チョットした冗談のつもりで話したことが、本格的な建築調査になるとは思ってもいませんでした。報告書も5月末には発刊できそうです。自分自身を振り返っても出来の悪い学生でしたが、卒業以来20年以上に渡っての師弟関係が続いています。恩師とは本当に有難いものです。
3月24日、お世話になっている滋賀県立大学の小貫先生へ挨拶に出かけてきました。「四季遊牧」の上演会などで忙しく全国を飛び回っておるなか、福田顧問・職員と三人で出かけてきました。自由な雰囲気漂う大学の構内で、建物もユニークな設計となっておりました。少々、冷たい風には閉口しましたが、ここも但東と同じく雪の多い土地柄だそうです。ナムジム先生はモンゴルに帰国されており挨拶できませんでしたが、伊藤恵子さんは相変わらず忙しく立ち振るまわれていました。
◆ 但東に移り、丸6年が経過しました。6年前、教育委員会生涯学習課の係長として赴任、博物館建設を担当し1年半が経過。博物館開館と同時に副館長として施設運営を切り盛りしてきましたが、素人と呼ばれたくないため、あれこれと試行錯誤を繰り返し、ただ無我夢中で歩んできた6年間でした。またモンゴル博物館は、当たり前なのですが地域から逃げ出すことはできません。都会に比べ、そのことによるデメリットも多いでしょう。しかし、地域と共に歩むしかないからこそ、持続的に、粘り強くこの地域を捉え、地域文化の拠点となりうるのであり、この置かれている環境を自覚し、さらに重要性をましていくであろうと思うこの頃なのです。
館長就任の抱負として、ただ変革といって見学者数が増え、館の収入が増えればいいというものでもありません。いつ訪れても満足でき、充実感を味わえる施設とすることが大事だと考えます。利用しやすく、親しめるような方向を目指したいと思います。どうぞ今後もよろしくお願いします。
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