◆ 1月30日から神戸新聞の1面で「地域(ここ)から〜第2部・風と土が出会う場所」という特集が始まりました。正月に始まった第1部に引き続く特集です。昨年暮れ、突然、記者は博物館にやって来ました。何の取材なのか話題にもならず、博物館の紹介だと思っていたら、どうも様子がおかしい。夜遅くまで話は続き、初対面なのに何故か気を許して何でも話してしまいました。通常の取材であれば、具体的な内容を知らせてくれるのですが、今回はいつもと違ってどんな形にまとまるかまだ分かりませんと返事を返してきました。いずれにしても博物館の宣伝につながれぱ、有難いものだと思っていました。
◆ 朝起きて、妻が血相を変えて書斎に新聞を持ってきました。新聞の第1面を見るなり、モンゴル博物館成り立ちの経緯が大きく書かれていました。・・・見出しには、吹き込む風はさまざまなものを運び込む。風は刺激を与え、そこにあり続ける土の持つ生命力を沸き立たせる。風と土が交じり合い、「風土」が生まれる。「地方(ここ)から」。第2部は、風のような人に出会い、土のような人の暮らしを見つめた。長野で。そして兵庫で・・・・。こんな調子で始まった連載はその後も数回に渡って紹介され、 色々な方たちから励ましのメールや葉書を頂きました。
新聞のトップで紹介されることは気分の悪いものではありませんが、何か特別なことをしてきたわけでもないのにどうしてだろうと感じてしまいます。当たり前に生きてきただけなのに、これがしたいあれがしたいと、ただ他人よりも我侭に生きてきただけなのに・・・。そして他人よりも大きく回り道や脇道にそれて、あるときは軌道修正しながらというように、多くの人たちに支えられてきました。あるときは妻に、あるときは友人たちに・・・・。単なる一介の地方公務員ごときが生意気な発言を繰り返してきただけなのです。
23日に開催された「21世紀を拓く但馬人への提言」出版記念会では、但馬の重鎮たちからお褒めの言葉を頂きました。新聞で履歴書が公開されたようで、気恥ずかしい思いでしたが想像以上に好評だったことを聞かされました。
◆ そして、今、地方に暮らして思うことがあります。東京に溢れる見せかけだらけの情報は地方にはいりません。創造的な思考は、地方にいなければ生まれないものと感じ始めました。地方には都会のような派手で華美な美しさはないかも知れません。しかし、自分たちの人生を、この地方を拠点にしたたかに、そして楽しみながら生きていこうとする若者たちも徐々に増えてきています。地方の未来を語り合いながら、地域文化を愛し、世界に目を開き、実に多彩な活動が続けられていることも知りました。こんな若者たちがここで頑張っている限り、いつか大きな転換を見せてくれるかも知れません。これからは地方がおもしろいのだ、但東に暮らして新しい友人たちから多くのものを得ることができました。
でも、どんなに自分たちで満足している活動でも、時には停滞してしまうことがあります。そんなとき、外からの風は活動を続ける重要な鍵になってくれることもあります。行動する第一歩の風が情報であるように、得てきた情報も風であり、その人も風となって地方の中で吹き荒れる。と、同時に様々な人たちを連れて来ます。その人たちも、自分たちが風であると同時に違う風を求めてきた人たちでもあるのです。風の吹かない地方は、どれだけ頑張っても先が見えています。いかにしてこの風に乗っていくのか、どんな風を求めていくのか、風が吹いて悪い澱みも蹴散らしてくれたらいいのに・・・。そういう自分は、まだまだ風の吹かれるままに生きています。
ところで、私は「土」なの、それとも「風」なのでしょうか・・・?時として風は砂埃を巻き上げてしまい、周囲を煙に巻いてしまうことも、最後に付け加えておきます。 |