◆ つい最近まで日本三駒といえば、福島県三春の三春駒、仙台の木下駒、そして八戸の八幡駒だとばかり思っていました。しかし、八幡駒とは呼ばず、八幡馬と呼ぶのが正しい呼称だというのです。木彫りの馬なので、全てが駒だとばかり信じていました。駒は若馬や子馬のことを指すことは分っていましたが、八戸の場合は駒ではなく馬なのだそうです。古い時代のものは「四つ車のついた台車に乗った親子馬」なので、一方は大人の馬ということで駒と呼ばずに馬を使うそうです。初めて分りました。でも一般的には八幡駒と呼ばれていることが多く、今一度きちんと理解していくことが大切な気がします。
◆ 昔は八戸近郊の南部一ノ宮櫛引八幡宮で旧暦8月14日15日の例大祭に、付近の笹子の集落から農閑期の副業として作られたものが売られていました。現在は、祭礼の日には南門の下で売られています。坂上田村麻呂が東征の際、その苦戦を救った木馬がおこりといわれています。八幡駒の由来書には、「承久2年(1220)に京から一人の木工師が旅して来て、是川村の天狗沢に住みつき、ここで木工や塗り物を業とした。ところが、部落の溜め池の水換え作業の際に、泥の中から馬形の木片を拾い、それを手本に木馬作りを思い立った」とあります。これは少し古すぎる伝承ですが、江戸時代、南部藩は馬産地として有名であり、櫛引八幡宮の例大祭の日は「馬市」が開かれた日で、売られて行く愛馬の無事を祈って木馬を買って帰ったのが始まりともされています。
◆ 現在のものは一回り大きい黒い馬と一回り小さな赤い馬が対をなすことから、夫婦馬とばかり思っていましたが、その発生は親子馬からきているようです。上の馬はインターネットのオークションで売られていたものですが、江戸時代の八幡駒となっていました。江戸時代にまで遡るとは思えませんが、そのタイプから古いものであることは理解できます。様々な伝承が残されていますが、定かなことはよく分りません。
我が家にもケースに入った八幡馬が飾ってあります。一刀彫り職人で四代目大久保直次郎さんの作品です。12年前、青森から兵庫に引越しする際に自分で買い求めたものですが、季節によって書斎や居間に置いています。単なる土産物ではなく、おめでたいときの贈答品として使われます。例えば、生まれてきた子供の健康と成長を願って出産祝、馬の模様が花嫁をのせる盛装した馬を表現していることから、夫婦仲よくいつまでも幸せであることを願って結婚祝、天を翔上がる馬のように企業や商売の発展することを願って贈られることもあります。そんな縁起を担いで、青森から持ち込んだもので、これを見る度に兵庫に移ってきた当時を思い出しております。
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