| ◆ 人はみな心に「ふるさと」をもっています。生まれた所であったり、幼い日々を過ごした町であったり。東山魁夷画伯は昭和23年、信州の茅野から諏訪へ向かったとき、戦後の荒廃の中で心の底からささやきかける声に動かされ、日本人の根本的な風景を求めひたすら歩いたそうです。そしてこの景色の中に魂を揺さぶられる「心のふるさと」を見たといいます。
◆ こんなにも美しい風景を見たであろうか。おそらく、平凡な風景として見過ごしてきたのにちがいない。もし、再び絵筆をとれる時が来たなら・・・私はこの感動を、いまの気持ちで描こう。
そんな思いで描かれた「道」は、昭和25年第6回日展への出品作であり、これによって画壇にも社会的にも認められることになった東山芸術の代表的作品です。画伯の芸術性の最も繊細で最も核心にふれる部分のみを抽出したような、極端に単純化された構図や色彩が格調高い東山芸術の神髄を表現しています。また「道」は、画伯自身が晩年に至るまで「この作品に何を加えたか」を問い続けながら画業に励んだとされる記念碑的作品といわれています。
道は最初からそこにあるのではなく、切り拓かれ何度も踏み慣らされて、やがてかたちを成していきます。人は今までもこれからも、そうやって「道」を作っていくのでしょうか。絵の前に立つと、背中に今まで歩んできた道さえも感じます。
◆ この「道」の舞台は青森県八戸市にある海岸沿いの道です。昭和25年日展出品ですが、その前年に描かれた「夕凪」という作品があります。「道」の制作に当たり、同地を取材した折に描いたとされるものです。
この作品は、牧草地に遊ぶ馬たちを描いたもので、見るものの心に深い安らぎを与えるものです。当初は褐色の馬のみでしたが、後に画伯本人の手によって白馬が描き加えられました。
一人の画家に与えた八戸の風景を伝える記念碑が作られました。景観を壊さないよう配慮された小さな標柱です。設置当時は大きな解説板の計画だったようですが、最終的に市民を巻き込んだ議論の末に現在のものとなりました。
学生時代、毎日この道を小さなバイクで通いました。あれから既に30年近くなろうとしています。ここから見える景色は北に下北半島の海岸線、北西には八甲田の連山、東には雄大な太平洋の水平線、そのまま東に進むとニューヨークです。妻の実家にも近い場所であり、今でも目の前に潔くまっすぐに伸びる道は、私たちに未来へ向かう希望を思い出させてくれます。
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