◆ 青森県八戸市は24万人の港町でありながら、函館、横浜、神戸とは全く異質の港町文化を作り上げてきました。ハイカラではないけれど、少しだけハイカラな要素を取り入れ、自分たちの暮らしに最も適したデザインを採用してきました。学生時代は小さな路地を曲がるとどこにも洋風建築が見られ、地域の風景として溶け込んでいたものでした。
八戸市出身の妻と結婚し、共通の話題と共通言語である「南部弁」を駆使しながらの八戸談義は、いつも一寸おしゃれな街の話題です。でも、最近は郊外型の店舗が増え、そんな雰囲気が消えつつあることを二人で憂えています。
◆ 鳥屋部町に残るライト風の門が象徴的な感じです。帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトの影響を受けた「ライト風住宅」がありましたが、現在は門だけ残りスーパーの駐車場になっていました。庭と門だけが残っていてここがそのライト風の住宅だったのだろうと想像できる程度です。旧今渕家住宅で、母屋の取壊しは残念、どうしてこの八戸にライト風住宅が作られたのか現在まで知ることはありませんでした。でも、一度は調査してみたい候補の一つでしたが思い適わず残念です。
その他にも、あのガーディナーが設計したという日本聖公会八戸聖ルカ教会(1925頃)、関野太治郎設計の旧八戸小学校講堂(明治記念館・1881)。市民運動にまで盛り上がった旧河内屋はビルの間に残され、大正ロマンというレストランとして活用されています。安藤安夫の設計で旧河内屋橋本合名会社(1924)として街の顔として再生されたことはうれしい限りです。再生されたレストランでビールを飲みながら昔日に思いを馳せるのも楽しいものです。
港にある大正期の貴重な銀行建築「旧旭商会事務所」もユニークな建物です。現在は「ひまわり食堂」になっています。八戸商業銀行小中野支店として建てられたもので、木造2階建てで、玄関ポーチには特徴ある3連アーチと塔屋状のドームがあります。建築当時の銀行建築のモデルだったギリシア・ローマ神殿風のデザインはそのまま残されています。一時期、カフェ「ハトバ(波止場)」となり、現在は国指定登録有形文化財になっています。海猫が舞う新井田川の河口、港町のシンボルとして大切にされており、建物の前に立つとマドロスさんが出てきそうな雰囲気がたまらないのです。
◆ 今はどうか分かりませんが20数年前の学生時代には八戸や周辺には消防屯所と呼ばれる古い建築群が数多くみられました。当時、建物は老朽化が著しいものばかりでしたが、どことなく地域の顔となっていたものばかりです。今では珍しくなった「火の見やぐら」ののった建物といった感じですが、屯所を見て育った地元の人たちにとって愛着のある建物であることは間違いありません。大半が洋風デザインを取り入れた木造2階建てです。火の見やぐらを持つ屯所は、1階にポンプを配置し、2階前方に小さなバルコニーを設けています。現在のように無線や電話での通報手段がない当時、遠方を見渡す火の見やぐらが、火災の早期発見などに、大きな役割を果たしていたのでしょう。1階には、駐車スペースのほか、器具置場や和室・流し台・洗面所を配置。和室には、囲炉裏が設けられ、団員たちの休憩や懇談の場として役立っています。
八戸市内の屯所建築の華はなんといっても荒町屯所です。ネギ坊主のような屋根が乗った建物で、一見するとロシア建築の影響を受けた感じがします。でも、大工がたった一枚の絵葉書を参考にデザインしたという代物です。これも横浜や神戸とは違う「一寸したハイカラさ」なのです。横浜や神戸に飽きたら、是非とも八戸の近代建築遺産を歩いてほしいものです。 |