ロシアイコン 
 vol.148  2005/10/20

 書斎にロシアイコンを3枚飾ってあります。宗教に特別な思いを寄せている訳ではありませんが、学生時代のゼミでハリストス正教会の建築について興味を覚えて各地を回ってきました。その中で秋田県大館市にある曲田の教会を見学させてもらいました。正式な名前は「北鹿ハリストス正教会曲田福音聖堂」という教会で、日本で最初の女性聖像画家として著名な山下りんの作品が残されている教会でも有名です。イコンは大館市文化財に指定されており、美術史上貴重なものです。聖堂そのものが建築的に興味深いものですが、内部正面にキリストやマリア、天使などのイコンが整然と設置されています。

 ハリストス正教会の特徴は、聖堂内には十字架の他には立体の聖像を置かず、絵を用いる点がカトリックと大きく異なるところであります。その絵のことをイコンといいます。イコンはギリシア語の「エイコーンeikon」(像)が変化した言葉で、東方正教会で崇拝されているテンペラ技法を用いた板絵の聖画像のことです。教会の中には沢山のイコンが置かれており、正教徒の家ならばイコンの一枚ぐらい飾ってあるのが一般的です。

 日常生活のなかでイコンに親しむことはほとんどありません。一般的に日本の出版物をみる限り、ビザンティン文化(さらにはロシア文化)に対する関心の度合いは、そもそもかなり希薄です。別の視点から芸術品として見ると、すばらしいイコンの姿があります。イコンの色、色合い、形や画面構成には、細かい約束事があり、一つひとつに意味があるのです。
 ギリシャ正教の聖地アトスのように、修道院内で修道士が模範となるイコンを見ながら、祈りの中でそこに込められた霊性を体感し、同じ境地に立った時に生まれると考えられています。その際に画法上の細かい約束事に従い、完成させる技術力も要求されます。

 ロシア正教は1917年の革命までロシアの国教とされていました。しかし、ソ連時代に多くの教会が破壊され、司祭たちは射殺されたり、投獄されたりしました。改めてロシア正教が公式に支援されることになった1992年以降、教会は急速に復活し、ロシア正教が今もロシアの人々の中に深く息づいていることが理解されます。書斎においてあるイコンは何度か修理され、塗り替えられ、裏を見れば蝋燭の煤で真っ黒になっています。日々の信仰の証としてのイコンがあります。ロシアの教会や博物館、美術館には数多くのイコンが展示されており、人々の注目を引いています。国内でもブルガリアイコン、ロシアイコンの特別展が開催されるようになり、イコンの世界に触れてみることも美術史の世界が広がる楽しさがあります。