◆ ダム工事総括管理技術者会から講演依頼があり、ダムに関係した話題はないかと考えていたところ、学生時代、青森県むつ市大湊でダムの実測調査をしたことを思い出しました。夏休みを利用した合宿だったように記憶しています。夜になるとむつ市の関係者から宿舎にビールや酒がよく届けられたことだけが印象に残っています。
調査当時、むつ市水道の第1水源地としてのダムの機能を終え、水源地公園として生まれ変わろうとする計画がありました。それ以前は明治43年竣工から昭和20年まで海軍専用水道として使用。その後は大湊町に引き継がれ、昭和51年まで使用。現在は周辺整備も進み、市民憩いの場として親しまれ、春には桜とつつじが咲き誇り、日本最古の石造アーチ式ダムとして観光スポットになっています。
◆ ダムといえば一般的にコンクリートの大規模ダムを想像しますが、ここのダムは堤高7.9m・堤長26.5mほどのかわいい小型ダムなのです。それも丁寧に加工した切石を積んだ石造です。堰堤を中心として貯水池やその周辺の護岸石積み底面石敷は明治の技術というだけでなく、日本の水道史における重要な明治創設期の遣構です。溢流口の4連櫛形アーチの見事な石組み、そして取水口の石造りの美しさ、石の積み方、水の流れ、護岸石積み、まさに芸術品ともいえるもので、我が国の水道史・産業史の上からも貴重な文化財だといえるでしょう。わが国最初のアーチ式ダムで、表面は安山岩間知石の布積みである。石工は、九州からよばれたと伝えられます。このダムを初めて訪れてから、かれこれ25年以上になります。あれから一度も訪れたことはありませんが、宿舎から眺めた大湊の夜景は美しいものでした。
◆ ダムの近くには石造平屋で北洋館と呼ばれる洋風建築もあります。海上自衛隊大湊地方総監部内にある建物で、1916年(大正5)建築の洋館です。外壁には近くの釜臥山から切り出した石材を使用し、昭和54年には日本建築学会から大正・昭和の名建築に指定されました。館内では、明治から現在までの北方の海上防衛をテーマとした資料が展示されていますので、ダム見学と同時に立ち寄られたらいいと思います。北洋館はもともと大湊水交社と呼ばれた海軍大湊要港部の士官用社交場として建てられたものです。設計は旧海軍横須賀鎮守府建築科で、ダムといい、北洋館といい、両者とも優れた石造建築で一見の価値があります。
◆ ダムの設計は、日本人として初めて英国王立建築家協会会員となった桜井小太郎で、後に東京丸ビルや三菱銀行本店などを手がけた著名な建築家です。兵庫県に来てから初めて知ったのですが、神戸市立博物館も彼の手によるものだそうです。博物館は、1935(昭和10)年建築の、旧横浜正金銀行神戸支店ビルだった建物を転用し、西側部分を増築しています。内部は博物館として改修されましたが,二階吹抜けの旧銀行業務室は大ホールとして天井とも保存されています。正面に立派なドリス様式の円柱6本が建ち並ぶギリシャ神殿風で、古典主義様式の中でも昭和の名建築といわれ、神戸における様式建築の最後期の作品です。
学生当時は桜井小太郎という名前は日本建築史で聞いたことがある程度で、それほど興味があるわけではありませんでした。卒業後、出張等で出かけた場所で彼の作品を何度か目にする機会がありました。若い桜井はこの日本最古のアーチ式ダムの建設に心血を注いで設計し、その後の活躍につながったのは言うまでもありません。初めて建築の実測調査をこのダムで経験し、できの悪さを露呈するような失敗続きの調査でした。
◆ あれから25年が経過し、できの悪さだけは相変わらず今も同じですが、学生より元気だった恩師は先月15日に大学を勇退されました。11月には当時のゼミ仲間が幹事となり、恩師を囲む同窓会が開催されることになっています。北海道・東北地方の卒業生が中心となるでしょうが、是が非でも出席して恩師に感謝の一言を申し上げたい。そんな小さなダムにまつわる思い出がありました。
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