デッサン小下図 
 vol.137  2005/3/3

 最近、日展会友の日本画家依岡慶樹氏のデッサン画や絵画の下絵を多数収集する機会に恵まれました。依岡慶樹氏といえば、妖艶な女性像を描くことで有名な画家です。当初は特別な興味があったわけでもなかったのですが、1枚、2枚と集まる中で同じようなデッサンが幾つもあることを知りました。スケッチブックや書簡類も見つかり、画家の創作意欲や当時の心理状況までもが生々しく伝わってきます。これらのデッサンはいずれも大作を制作する際のクレパス小下図です。ともすれば難解な解説を書いたキャプションを読まされるよりも、この小下図を並べて比較するだけでも画家になった気分で楽しいものです。
     
◆ 下図左のベッドに横たわる「誕生を待つ」は1973年に制作されたもので、縦174×横227cmの大作の下図です。このときのクレパス小下図は本例を含めて4点作られています。それ以外にも鉛筆による各個別のデッサン画は何枚描かれたのかさえ分かりません。1枚の大作を仕上げるまでの構想から準備まで、様々な形で試みては納得するまで描き直しています。
 また、この小下図によって額縁とマット、そして絵画との組合わせについて基本から学ぶ機会になりました。美術館の学芸員にしてみれば極めて当たり前のことなのでしょうが、日常の業務の中で常に基本・原点に立ち戻って考えている学芸員はいったい何人いるでしょうか。あたかも芸術と市民とを結ぶ仲介者となっていると自負しているかも知れませんが、芸術の楽しさまでは伝えられていない気がします。
  

 私たちは時として大きな勘違いや間違いを犯すことがあります。同じ日常を繰り返すセクションにおいては、残念ながら巨額な予算を使おうが、著名な芸術家を扱う企画展を開催しようが、基本中の基本を忘れている場合があります。確かに学芸員は美術館ではプロとして通用しているかも知れませんが、それはプロを対象とした世界の中だけのことです。私たちはどこを見つめながら仕事をしているのでしょうか。市民の顔を見ながら仕事をしている学芸員は何人いるでしょうか。時としてプロに通用する企画展に評価を求めている学芸員が少なからずおります。保身のために動く人たちも見受けられます。機会あらば、冬の博物館を辞して大学に勤めたいと考えている人たちもおります。その下で博物館学の講座を受けている学生がいることを思えば、博物館や美術館に未来はありません。

   
 巨費を投じた豪華な建物と高価な美術品があっても、いいミュージアムは生まれて来ません。素材、人材、地域社会、その総合力があって初めて、ミュージアムがまちの顔となれる。そういう意味ではこの地域の自然こそすばらしいミュージアムだと思います。放っておいても四季それぞれ展示が定期的に変わるので楽しいではありませんか。どんなにすばらしい企画力をもっても、この四季変化する企画展に勝るものはないでしょう。
 個人的な思いとして博物館や美術館を運営する職人になりたいと念じています。博物館が好きだからこそ、博物館で生きる職人になりたいのです。私の原点は好奇心ですから、人々が知りたいことを、野次馬の代表として皆に知らせていく。そのエネルギーの源は好奇心です。好奇心だけでは済まされない世界かも知れませんが、基本はいつまでも好奇心を枯らさないことだと思います。現在の博物館や美術館を支えている中心は地元の人たちであり、将来の博物館、美術館を支えてもらうのは今の子どもたちです。共に大事なお客様です。願わくは、博物館や美術館が「文化」に流す汗が報われる場であってほしいと思います。こんな思いをこのクレパス小下図から教えられました。