合併で新たな美術館は必要でしょうか? 
 vol.134  2004/11/3

 合併によって新たな美術館建設の話題が浮上しています。そもそもこれまでの博物館や美術館の大多数は、市民が望んで作れたものではありません。コレクターや自治体の首長といった、作り手の事情で生まれるケースが大半だと思います。日本の美術館や博物館は従来、国や地方自治体、収集家や企業がそれぞれに作り、支えてきたわけですが、逆に言えば、国民なり市民なりが、どうしても必要だと声をあげた結果生まれてきたわけではありません。昨今の不況が浮き彫りにしたのは、そうした存立基盤の弱さではないのでしょうか。
 なぜ、美術館や博物館が必要なのでしょうか。あまりにも当たり前の問いなのかも知れません。しかし、そこをもう一度見つめ直すことができなければ、どれほど施設が増えたとしても、地域に美術館や博物館が根付いたとは言えないでしょう。たまたま与えられた博物館や美術館を地域に根ざしたものにしてきただけのような気がします。今一度、地域に美術館や博物館が本当に必要か、役割を明確にしないと今後生き残れないことは自明のとおりです。無駄な公共事業だとの批判もあります。

 多くの美術館や博物館が十分に使いこなされていません。それは公共機関である館が、市民が会話を楽しみ、落ち着いて知識を交換できる「公共」の場になっていないからです。博物館は本来、話題の宝庫であるはずです。収蔵品の背後には人の物語が、展示方法には明確な意図が隠されています。会話が弾まないのは、利用者にそのことすら気づかれず、共感を呼ばない遠い場所になっているからだと思います。学校でもない、遊び場でもない楽しい空間。博物館こそ、押し付けではない豊かな学びの場となり得るものだと確信し、合併によって新たなハコモノを作るよりも既存施設のソフト面の充実を図る施策を推進してほしいものです。