◆ 赤坂古墳は昭和51年に町指定されましたが、古墳のすぐ脇を走る国道の開通など周辺環境が著しく変化。かつて町内の学校の遠足で見学されることも度々でしたが、近年は遺跡指定の標柱も朽ち果て、石室の崩壊など危険な状態で金網や柵をされたままでした。但東町ではこの貴重な遺跡を保存し、郷土の文化と歴史を学ぶ資料とするため、平成15年度に文化財保存事業により発掘調査・移設復元しました。復元は発掘調査の成果にもとづき、中町や加悦町の古墳時代後期の円墳復元例を参考に築造当時の規格を推定し、現地から博物館敷地へと移設復元しました。少ないスタッフと予算の枠内で進めているだけに、ある程度の勢いがないと実行できないことがあります。発掘調査だけであれば、ゆっくり調査して報告書を書けばいいと考えがちですが、移設までやると調査結果をすぐにでも復元案に反映しなければなりません。ある意味では短い期間に精力的にできたこともあり、忠実な復元ができたと考えています。また、石室内の堆積土も全て採集し、洗浄作業の結果、ガラス玉4個が最後の最後に検出されました。報告書は今年度に予定しており、資料の公開は8月の企画展「但東の古墳」で紹介していきます。
◆ これまでの調査で、古墳は7世紀後半の横穴式石室(無袖式)を有する古墳で、墳丘の大半はすでに消失していました。全長は長軸12メートル、高さ3.5メートル程度。県下でも珍しい装飾付須恵器など貴重な資料が多数出土しました。土器や遺物の出土状況から少なくとも1回以上の追葬が認められます。
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