◆ ここ数年、博物館を取り巻く社会環境が大きく変化している。教育の現場では、総合的な学習や完全週5日制が実施され、博物館への期待もふくらんでいる。
県立人と自然の博物館では運営に数値目標を含む事業指標を作り、積極的な展開を図っている。11月5日付朝刊の社説「共生博物学の構築に期待、ひとはく10年」とあり、新しい時代に対応する生涯学習支援やシンクタンク機能などを柱とした博物館の新展開が紹介されていた。公立博物館では全国でも異例で「経営感覚を磨き、魅力的な博物館にしたい」と自己評価制度を導入している。
紙面では定期的に県内の施設を紹介しているが、大規模な企画展に話題が集中する傾向にあり、小さくても個性的な施設やユニークな運営、運営に携わる人たちの熱い思いなど独自の文化を創造している姿にもスポットをあててほしい。まだまだ地域に埋もれている博物館や美術館も数多くあり、地域と歩む神戸新聞社の使命としてそんな施設紹介も意識してほしい。
◆ バーチャル博物館が増えてはいるが、見る人がいない博物館は単なる倉庫であり、博物館や美術館が提供する「サービス」は入館者なしに存在し得ない。博物館は特別な場所ではなく、ライフスタイルの一部であり、近くにあるこうした施設を積極的に活用すべきである。
「文化」はカルチャーといわれるが、語源をさかのぼれば「耕す」に行き付く。大地に鍬を入れて作物を得ることである。辞書には「人間生活を高めていく上で新しい価値を生み出していくもの」とあり、その最も人間的な営み、これが文化の本質といえる。生活内容が高まることが文化ならば、経済成長も文化の所産と言えるかもしれない。戦後の日本は、モノと形での文化は得たが、心の文化となるとまだまだ満たされていない。それによって心豊かになることこそが文化である。財政難で自治体の文化支援が後退している。心の「栄養失調」が目立つ今こそ文化が大切である。
◆ 地方文化は地域がそれぞれの個性を持ち、元気なことが望ましいが、現状は中央を基準として同じような均質の文化を構築している。文化を扱うには自由な発想が必要とされている。今後、地域住民を文化の享受者としてだけではなく、創り出す側としてとらえることも重要であろう。地域住民こそ今後の地域文化の鍵をにぎっているといっていい。商業主義にはなじまないし、行政主導でも育たないのが、住民参加型の文化の特性である。これまで同様に地域文化の自立を支援してきた行政や企業にも甘えられない時代は、地域文化の足腰を鍛える好機なのかも知れない、とかつての社説は結んでいる。(神戸新聞を読んで 02/11) |