モンゴルにおける障害児療育事情 
 vol.113  2003/2/12

 友人のモンゴルで活躍している青年海外協力隊員の浦真由美さんからメールが届きました。浦さんはモンゴルの国立第10治療幼稚園へ障害児教育について今年7月まで派遣されています。障害児の現状については正直知らないことばかりでしたし、モンゴルに思いを寄せる人たちにも是非とも現状を知ってほしいと思います。彼女の思いがODAメーリングリストでモンゴルの障害児療育についてコメントされましたので、彼女の了解を得てここに紹介したいと思います。

 (国立第10治療幼稚園 ムンフトルガ:13歳 男児 2002年11月22日)

     言葉は不自由だけど、僕の言葉には意思がある
     手足は不自由だけど、僕の知性ははっきりしている

     脳性麻痺といわれるけど、僕の頭脳は健康だ
     まわりの子供たちにあって僕にないのは2つだけ
     他に足りないものはない。
 
     自分の知恵で考えることができる
     自分の知恵で創造できる
     自分の知恵で想像することだってできる

 私の配属先である国立第10治療幼稚園は、モンゴル唯一の肢体不自由者教育施設で脳性小児麻痺の2歳から17歳の約60人の子供さんが通園しています。人口240万人のモンゴル国において肢体不自由者だけでも約6000人いると言われています。(脳性小児麻痺児のモンゴルでの平均寿命は10代後半と言われています。)モンゴル国内の肢体不自由者のわずか1%のみが教育や治療を受けていることになります。障害と一括りにしても様々です。私の配属先は、身体的機能損傷による動きに障害のある子供さん達が対象ですから、知的障害や聴覚、視覚障害とは異なります。

 活動については、幼稚園の資格を持つ先生やリハビリに対する若干の知識を持った人達と共に仕事をしています。モンゴルでは教員育成機関でも、障害児に関する情報や知識を得るカリキュラムが無いために、現場に入って障害児を初めて目にするという人がほとんどです。ですから、障害児との関わり方を中心とした活動が主になります。障害児は健常児に比べ、日常生活の習慣が身に付きにくいものです。そこで、ねばり強く何度でも同じことを指導することがポイントとなります。生活リズムを確立しにくい障害児に対し、朝の洗面や身 支度、食事などを通して生活リズムを身につけていくように指導します。

 他にも心理的なサポートも見落とされがちです。脳性小児麻痺児は身体的な障害なので多くは知的に遅れのない子供さんです。そんな彼らは思春期になると、自分だけがどうして障害を負わなければならないのか、などといったことに悩むケースが多く見られます(冒頭に紹介した詩は私の教え子の作品を翻訳したものです)。そういった時に近くで気持ちを分かち合えるのも先生として大切な仕事です。ただ一日を無事に生きるのではなく、人間として生まれた限り、彼らも人と出会い、教育を受ける権利があることを多くの先生達に理解してもらうために、時折区役所や教育局から一般の幼稚園教諭や障害児の両親を対象にしたセミナーも行っています。

 リハビリについてもなかなかその結果が現れるまで時間と忍耐が必要なこともあり、また親御さんも健常児になるために薬や手術を探し歩いているという現状が重なり、リハビリと教育を持続することが習慣になっていません。そこで私は障害が完治することはないが、毎日の積み重ねが必ず発達を促すことを理解してもらうようにしています。

 そんな中で赴任当初から私の支えでもあり、ライバルでもあるモンゴル人女性が居ます。時には気持ちを共有し、時には熱い議論になることもあります。> しかし、彼女のように障害児のことを中心に考えられる人こそが、現在のモンゴル障害児療育に必要な人間だと思っています。我々協力隊員が1人で出せる
力には限界がありますが、人間が居てこそなされる協力もあると感じています。彼女との議論での争点はいつも同じです。それは今、学童期の障害児に教育をして、このモンゴルでその子供が大人になったときそれは意味があることなのか、ということです。私の答えは決まって同じです。どんな子供でも、民族や国や親を選べるわけではありません。ですから生まれてきた限り、たくさんの愛情をもらい、精一杯の教育を受けるべきだと考えています。

 私が来たことによって、政治や教育システムが大きく変わったわけではありませんが、問題意識をもってくれるモンゴル人がたくさんいてくれることに喜びを感じています。日本の知識を押しつけても、異文化の人々が理解に苦しむのは当然です。しかし、子供と私の根気強い関わりを見てくれているモンゴル人はたくさんいます。ボランティアで来て、自分たちの国の為に働いてくれていると感じてくれている先生方がたくさんいてくれることに、私が逆に励まされることもしばしばです。

 私はこの活動が2年の任期で終わるとは考えていません。隊員としては1代目ですし、花を育てることに例えるなら、種まきをする前に土を耕しているのです。そこに種をまき、水をやる人が続くことにより、小さくても大地にしっかりと根を張った花が咲くのだと思います。

 山本潤子の歌に「童神〜天の子守唄」があります。NHK「みんなのうた」でも長く歌われてきたものです。どんな障害を持って生まれた子でも、親にとってはかけがえのない子です。今では大きく成長した息子たちも、夫婦でこんな思いを抱きながら育ててきました。

     天からの恵み 受けてこの地球に 生まれたる我が子 祈りこめ育て
     太陽の光受けて 健やかに育て
     暑き夏の日は 涼風を送り 寒き冬来れば この胸に抱いて
     月の光浴びて 健やかに眠れ
     嵐吹きすさむ 渡るこの浮世 母の祈りこめ 永遠の花咲かせ
     天の光受けて 天高く育て