| ◆ コレクションの収集方法 ◆ | |
| vol.2 | 何らかの思想を持ち幅のある民族資料を集める |
| ◆ モンゴルの巷に流れている資料の全てを個人の力で購入し、収集することは到底不可能なことです。収集に当たっては原則を決めることにしました。個人資産の範囲で購入可能であるならばという条件のもと、将来のモンゴルにとって必要不可欠なものについては現地に残し、一般のごく当たり前の生活資料を中心に、モンゴル理解に役立つと考えられるものについてのみ収集していく方針を決めています。いわゆる高価な美術品的なものについては興味を示さず、地に足をつけている一般の生活資料を中心に収集しています。何らかの思想を持ち幅のある民族資料を集めるためには、惜しみなく自分の足を使って努力するしかなく、一つの視点や思想で収集した資料群がこれからは絶対に必要不可欠になってくるはずとの確信のもとに収集活動を進めました。小さなことですが、個性こそが大きな力になるはずだと思います。 ◆ またウランバートルのような都市部においては、遊牧関係の資料収集は極めて難しい状況にあり、モンゴルの友人にお願いして収集してもらいました。現地での購入はかなり安い価格ですが、輸送費や保存費が高くつき、生活資金を切り詰めての収集でした。そういう意味では本当の収集家は家計を担う妻といってもよいかも知れません。また室内から突然モンゴルの大草原に出てみても、モンゴル民族の研究に必要な資料を正確に迅速に集められるとは限りません。資料の収集には多かれ少なかれ、それ相応の費用と時間と労力とをかけて行なうものですから、できるだけ有効に、能率的に事を運ばなければなりません。すぐれた研究者が、自ら調査した資料だけを使ってその範囲内で云えることだけ云っていれば、間違いを最小限に食い止められるかも知れません。しかしモンゴルという広大な国土を有している民族を理解していくためには、限られた個別のテーマだけを追っていては本当のモンゴルの姿を理解することはできません。もっとマクロ的な思考でもって、考えていかなければなりません。とはいえ、個人で広大なモンゴルを詳しく調べることは非常に困難なことですし、ごく狭い範囲の問題しか取り扱えません。そこでモンゴルでの友人の多くに協力してもらうことにし、各出身地方における特徴的な資料を収集してもらいました。こつこつと丹念に資料が集められてくると、「モンゴル学」で素人であろうとも、それ相応の研究成果をあげ得る方法だということを知ることができました。集め得るかぎりの資料が、あり得べきすべての資料でもありません。しかし何の目的もなければ、必要な資料が集まるわけがありません。必要な資料の収集は、あくまでも手段であって最終的な目的ではありません。限られたモンゴル在勤中で成果をあげるためには、どうしても問題の選択とか、どこに重点をおくかを決めなければなりません。そこで資料の価値判断という基準を一応示しておきます。 @モンゴルという概念を端的に的確に伝達できる資料 Aモンゴルでなければ得られないとか、その地域で調べることが有利な資料 B他に類例の少ないもの C社会生活や文化生活で興味がもたれる資料 ◆ 重要な資料というものは、大まかに上記のような資料と理解していますが、あくまでも「貴重な資料」と「モンゴル理解にとって必要な重要な資料」とは混同しないでほしいと思います。これまでに採集した収集品の中には、モンゴル理解にとって必要な重要資料も数多く含まれていますが、モンゴル国にとって貴重な資料に関しては、意図的に採集の範疇から削除しています。展示を媒体としてモンゴル民族の姿を正しく見せるためには、既成の地域感や民族感を越えた、どんな物差しにもとらわれない自由な目で物を選んでいくことが一番必要なことだと考えています。とにかく、いろいろな失敗や試行錯誤を通して、モンゴルの人たちとの間に相互信頼関係が確立できたかが、重要なキーポイントであったように思われます。 |
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