モンゴルの民から学ぶ 
 vol.55  欲を捨てると遊牧民のように身軽になれる

 但馬に暮らして七年半。いまだ但馬について十分理解し得たわけではない。言わば、修行中の但馬人である。しかし、国際交流を通じて「何かお役に立てれば」という願いは強い。
 十二日付朝刊但馬版で、「モンゴル人画家の作品完成、入魂式お国の歌で祝う」記事が紹介された。八月から三ヶ月間に渡って但東町に滞在し、モンゴルの伝統絵画ナクタンを完成させた。構想から完成まで二年の歳月を費やし、民族の英雄チンギス・ハーンの生涯を縦一b幅六bの大きなキャンバスに仕上げた。精魂傾けて描いた絵はこれまで同様すべて博物館に寄贈。この画家たちの無償の行為は、当館の資料充実に大きく寄与し、優れたモンゴル絵画の殿堂として全国に知られるまでになった。

 しかし、彼らの生活はまだ断片的にしか知られていない。厳しい自然環境を最大限に活用し、最も大切にしてきた民族であり、地球に最も優しいものであり、地球時代と叫ばれる現代こそ、彼ら遊牧の民から学ぶべきものが多い。生活に必要ないものは持たず、シンプルな暮らしの中にも、高度な牧畜文化を培ってきた歴史は、21世紀を生きる私たちに大きなヒントを与えている。モンゴル人が置かれている自然や生活環境の厳しさは日本の比ではない。一年を通じて、常に自然災害にさらされながら、なおかつ自然に依って生きていかなければならない。寄り添い助け合うことは、奇麗事でも何でもなく、生き抜いていくための必要不可欠の条件である。今日助けられることが、明日助けることに否応なくつながっている生活では、「言う」ことよりも「やる」ことのほうが先決問題となる。そして、自然に学び、自然に従い、自然をたくみに活かし、自然とともに生きる人々の熱い心が伝わってくる。

 人間にはお金や物では表せない大切なものがある。言葉が違っても、人間の心そのものは万国共通の唯一の言語である。「遊牧民の魂が私を招く」と言ったのは、探検家コズロフだが、地位や名誉へのこだわりを捨てると、人間は遊牧民のように身軽になることができ、何にもとらわれない自由で豊かな発想へとつながる。
 十年前、大切な家族の証として遊牧民から家畜数頭をもらい受けた。いつ来るともしれない私たち家族をずっと思いつつ、今でも大事に育ててくれている。但馬に暮らしながらも、意識だけはあのモンゴル大草原の遊牧民である。これからは地方に暮らしながらも地球家族として世界を視ていくことが大切ではないかと思う。
 生活の大半を諸外国に頼る24時間眠らない飽食国家ニッポン。このおかしな世の中で、小さな無力なゴマメが怒って歯ぎしりしても所詮は誰にも聞こえはしない。