魅せます!モンゴルの四季 
 vol.54  旅の夜は楽しい

  母なる大自然のふところ、人間のふるさとのにおいを包むモンゴル草原。
 人間が自然とともに生きていたころ、神々は人々の暮らしとともにあった。暮らしの中に住み、いつも人々を見守り、困ったときに手を貸してくれた。神々は人々の心の中に住んでいたころ、心の中に住む神を、人々は「たましい」と呼んだ。「たましい」は野性の力であり、生きる意志でもあった。
 「たましい」と「たましい」のふれ合いの中から愛が生まれ、愛に包まれて「たましい」の文化が育っていた。人間が自然とともに生きていたころの話である。 草原の夏。どこまでも青く澄み渡った空の下、吹きぬける草原の風。あふれる陽射しの中で全ての生命が躍る、ここは光と風と草のくに、生きものたちのパラダイスである。緑の草原の上を風が吹きぬけていく。草原にごろりと寝転んで、空を眺める。空はまぶしい光で溢れている。光の細かな粒子を風がゆっくりとかきまぜている。光のマーブリングが広がってゆく。目をつぶっても赤や青、黄や紫、オレンジ色の光の流れが見えてくる。
 そして、みずみずしい草の感触がひんやりと心地よい。時間の流れがゆるやかになってゆく。光と風が体の中にまで満ちてくる。長い間忘れていた世界がよみがえってくる。気の済むまでゆったり浸ってしまおう。大事なものを探す旅には夏のモンゴルがふさわしい。

  草原の冬。ついに出会った、見渡すかぎり果てしなく広がる白い大平原。「これは、いつか見た光景だ」と、ふと遠い記憶がよみがえる。冬のモンゴルは一種の魔力を持っている。初めて冬のモンゴルを訪れるとき、誰もが言葉にしがたい不思議な感覚を体験する。

 白い大地はすさまじい轟音をともなって迫ってくる。地鳴りと、山鳴り、それに宇宙のノイズが入り混じったような大音響が吹き荒れているかのように見える。ダイナミックな風景が、そういう錯覚を起こさせるのだ。 
 しかし、実際には、白い大地は静まり返っている。異様な静けさに包まれている。絶えず騒々しく揺れ動いている夏の草原と違い、どこまでも静寂な白い大地が広がっている。ダイヤモンドダストが、ざわめく家畜をおおいつくして「動」の世界を「静」の世界に塗り変えてしまったのだ。
 丸い地平線の彼方まで埋め尽くす、ダイヤモンドダスト。その広がりは、遠近感まで狂わせてしまう。幻惑されて立ちつくしている間に、白い光景は五感を透過して心の中に入り込み、一つの絶対的なイメージとなってそこに住みついてしまう。そして、それはけっして消え去ることはない。大自然からのメッセージである。それは、あまりにも大きな自然の力を、そして、その中にぽつんと置かれた「私」の存在がいかにちっぽけなものかを見せ付けられる。
 ひとの体温が、温もりが、妙にいとおしくなってくる。それもきっと、白い大地の魔力のせいに違いない。厳しい寒さと限られた資源の中で生活を営んできた彼らの生活はまだ断片的にしか知られていない。厳寒での人々の暮らしぶりを垣間見ることも大切なことであり、知識として知るモンゴルだけではなく、同じ場に身を置いて一緒に感動することも大切なことである。
 旅の夜は本当に楽しい。たまにはほろ酔い気分でモンゴルの旅日記でも書いてみよう。さあ、モンゴル草原の自然とともに生きた民族の豊かな精神世界への旅へと一緒に出かけてみよう。そして、自然に学び、自然に従い、自然をたくみに生かして、自然とともに生きてきた人々の生活文化が、いまも脈動している。きっと、自然とともに生きた人々の熱い心が伝わるはずである。