◆ モンゴルでも美味しいロシア料理が食べられます。ロシア料理と聞いて、まず思い浮かべるのはやっぱりボルシチとピロシキです。
ロシア料理の特徴として、挙げられるのはその質素さです。「シチ(キャベツスープ)のためなら人は結婚する」「シチとカーシャ(麦のおかゆ)があれば満ちたりた食事」というような有名なことわざがロシアには存在するくらいです。ロシア料理には、きのこや魚料理が多く、色々な種類の植物素材、穀物、野菜、木いちごなどを利用しようという傾向があります。また、ペチカと呼ばれる暖炉でじっくりと煮込む料理が多くあります。それはなぜか?一つ目の理由は、ロシアの寒さです。あの長く厳しい冬のために常に十分な食材を得られるわけではありません。食材が少なくなる冬に備えてロシア人は普通、ダーチャという小屋のような小さな別荘についている家庭菜園で採れたものを瓶詰めなどにして保管し、冬の間はそれらを大切に食べます。二つ目の理由は、十世紀末から(ソ連時代を除いて)現在のロシアに至るまでロシアの国教であり続けているロシア正教です。ロシア正教の教えによって「肉を食べてはいけない週」や「牛乳を飲んではいけない週」などが定められており、そうした定めのある期間は一年のうち、二百日近くにも及ぶそうです。ロシア料理がかなり早い時期から精進料理(植物・魚・きのこ)と非精進料理(牛乳・卵・肉)に分けられ、特に精進料理の方が発展していったのは正教の定めが厳しく守られていたからなのでしょうか?
◆ 庶民のシチとカーシャ中心の質素な食生活とは対照的に、帝政時代のロシアの貴族はものすごく贅沢な食生活を送っていた。例えば、15世紀ごろの皇帝の宴会では50〜100種理の料理が出るのが普通。イワン4世の宴会には500皿もの料理が、金や銀の皿で並んだそうです。その上、ピョートル時代以後、ロシアの上流階級や貴族は、西欧の料理の伝統を取り入れ始め、西欧の国々を訪れた際にドイツやスウェーデン、特にフランスが多かったが、そこからコックを連れて帰り、彼らに料理を作らせていました。そのため、フランス料理とロシア料理の間には影響を受けたものが結構あります。例えば、オードブル、スープ、魚料理、肉料理・・・という現在のフランス料理に見られる配膳方法はその時のコックを介してロシアからフランスにもたらされたもので、それまでフランスではすべての料理が同時にテーブルに並べられるという方法がとられていました。
◆ 19世紀頃に生まれたロシアの家庭料理がボルシチです。現在、ロシア料理といえばこれを連想する人々が多いと思いますが、ボルシチは厳密に言えばウクライナ料理です。ボルシチに入れる具や調理法は、日本でいう味噌汁のように家庭によって様々で、一緒に煮込む肉も特に決まっていませんが「ビーツ(ビート)」という野菜を使うことだけは決まっています。ビーツとは蕪や大根の仲間で「サトウダイコン」とも呼ばれています。甘酸っぱい味が特徴で、世界の砂糖の約40%はビーツから作られています。16世紀ごろまではビーツそのものをボルシチと呼んでいたそうです。
ビーツとともにボルシチに欠かせないのが「スメタナ」という牛乳からつくったサワークリーム。これを仕上げに入れることによって味がひきたつそうです。
ボルシチの作り方は40種類以上もあるといわれています。中でも代表的なものが「モスクワ風」「シベリア風」「ウクライナ風」。具の野菜をこまかくきざまないのが「シベリア風」、ハムやソーセージを入れるのが「モスクワ風」、スパイスをたっぷりときかせるのが「ウクライナ風」。本場のボルシチを求めてウランバートル市内を探し回ると、サンサル地区や国営テレビ局の近くにあります。
◆ ピロシキ
日本でピロシキというと、ひき肉などの具をつめこんだ揚げパンを指しますが、ロシアではその具は刻んだキャベツだけ、ジャガイモだけというものもありますし、調理法も揚げるだけでなく焼くものもあります。また、ジャムなどが入った甘いものもあるようです。
◆ ある国の食文化を調べることは、その国の国民性についても調べることだと思います。個人的にロシア人はどこか粗野というか、ぶっきらぼうなイメージがあるのですが、例えばロシア正教のしきたりを厳格に守っていたり、経済的な理由もあるのでしょうが、ロシアに昔から伝わっている質素な食事を今でも日常的につくっているところなどから見ると、信仰心の厚い、伝統を重んじる人々なのではないかと思いまう。また、その味付けもレシピを見てみるとシンプルなものが多い気がします。日本人にとってなじみやすい味なのではないかと思います。しかし、その量はハンパじゃないらしいのでやはり、ウォッカ同様、料理についてもロシア人と張り合おうとするのは無謀なのかも知れません。
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