◆ モンゴル着任挨拶状 
 vol.35  91年のモンゴル着任当時に出した挨拶状

 古い文書を整理していたら、91年のモンゴル着任当時に出した挨拶状が出てきました。既に10年前になりますが、着任して2ヶ月程の生活で感じていた事柄が分かるのではないかと思います。ようやく当時を振り返ることもできるようになりましたが、当時は夢中で生活していくのが精一杯といった感じでした。

 謹啓
 4月28日午後1時15分、モンゴルの首都ウランバートルに着任することができました。北京を発ってから42時間の長い国際列車の旅でした。途中、モンゴル側国境のザミンウードゥで、入国査証官に連行されるという前代未聞のハプニングもありました。言葉はモンゴル語とロシア語しか通じませんし、日本大使館への連絡もできず、心もとない不安な一時でした。着任後、日本大使館からモンゴル外務省へ厳重抗議をし、先日、通訳と一緒に外務省へ出掛けてきました。モンゴル側からは、国境の担当官が新人で大きなミスをしたことを深く陳謝するという回答文書を寄せてきました。それにしても、何も知らない「にわか外交官」を連行するとはひどい国です。着任までに色々な事がありましたが、桜の便りを聞きながら仙台を後にし、初夏の北京を経て、着任したウランバートルは粉雪舞う冬でした。

 ウランバートルの街を簡単に紹介しますと、標高1351メートルの高地で大陸性気候のせいか寒暖の差が大きく、低湿度で降水量がとても少ない所です。乾燥しているせいか洗濯物が驚くほどにすぐ乾きますし、常に喉が乾いてるといった感じがします。また、ウランバートルは「赤い英雄」の意で人口55万人の都市です。街そのものはあまり大きくありませんし、市民の3分の1はまだテントのゲル生活で遊牧国家そのものを感じさせます。近代的な建物も結構ありますが、それ以上に老朽化した建物が目立ちます。日本人の抑留された人たちによって建設された政庁、オペラ劇場などの建物を見ると胸の傷むものがあります。市内には今でも社会主義時代のスローガンが各所にみられます。ボグト山北面には石を置いた石文字で「革命70周年に栄えあれ!」、戦車のモニュメントのある場所には「国が自然に安泰であるように、皆が自然に楽しむように!」、国立中央郵便局の道路向かいには「異なった二人が仲良しであれば、鉄のように堅い。20人の人が仲が悪ければ、放置された建物のように脆い」。こんなスローガンが市内あちらこちらのアパートの壁面などに大きく書かれています。さすがに社会主義のにおいがする街です。買物に出かけても必要なものがほとんど売っておらず、最近では食べるものにも事欠く有様です。北京や香港に食料調達へ行くこともあり、想像以上に厳しい生活を強いられております。

 それでも、何もないモンゴルではありますが、残念ながら日本人が忘れてしまった、すでに日本にはない何かがまだまだ残されている気がします。中央アジアの自然とともに生きている民族の豊かな精神世界、人間の故郷のにおいを包むような民族のかたち、どこまでも青く澄み渡ったモンゴリアンブルーといわれる紺碧の空、草原を吹きぬける風、子どもたちの澄んだ瞳。経済的にかなり苦しくても、あふれる陽射しの中で生命が踊る「ここは草原と風のくに」、そんな着任の第一印象です。

 5月の半ばまでに何度か雪も降りましたが、その後、急に暖かくなり、気が付いたら街は緑に覆われて本当に綺麗な街に変わりました。この風景が着任した当時のあの殺風景だった街とは想像もできません。季節的にはこれからが一番いい時期なのでしょう。6月1日、智之がウランバートル市内にある子ども宮殿で、日本人の子どもを代表して、「翼をください」を歌ってきました。この日はモンゴルの子どもの日であり、かつ国連家名30周年ということもあり、各国の大使館の子弟やモンゴルの子どもたちを集めての音楽祭となったものです。練習も2回だけだったのですが、元気な声で会場からは大きな拍手を頂きました。「翼をください」は民主化制作を進めている現在のモンゴルにぴったりの曲で、大きな自由な空を飛んでみたいという歌詞そのものが、今のこの国を表現しているようにも思いました。このときの様子が、モンゴルテレビで放映される予定です。モンゴルに着いてまだ間もないというのに、大きな舞台に立ち、スポットライトを浴びた瞬間のことは、子どもながらに忘れられない思い出となったことでしょう。これから、この子達がどんな人生を歩むのか分かりませんが、モンゴルに来たことで何か勇気付けられることがあれば、それだけで幸いだと思っています。着任後2ヶ月余が過ぎ、忙しさに取り紛れあまり自然について感じなかったのですが、さすが神が投げ与えたままの自然が残っているモンゴルだと思います。夏の芳香をたっぷりと含んだ草原のにおい、夏の白樺の乾いた葉ずれの音、その音やにおいの中に身を浸し、体中で何気なく味わっていたのが、「何もない」モンゴルとばかりに信じていたのですが、素晴らしい季節を迎え、何と贅沢な自然の中で生活していたのだろうかと改めて気が付きました。

 日本で暮らしているときには気にもしなかったのですが、経済大国日本の豊かさには本当に驚いております。お金さえ出せば、今の日本で手に入らないものは何もないでしょう。世界の国々のなかでも、個人の収入は多いし、豊かだと言われていますが、本当はそれほどでもないのが現実ではないかと思うのです。現在のモンゴルは、前にも書いたとおり、何もない国です。あるのは羊の肉ばかりで、日本人が食するようなものは皆無に等しい感じです。それでも遊牧国家のモンゴルにおいては数千年変わらない悠久とした流れのなかにあって、こんな物不足など都市を除いてはほとんど影響がないといった感さえ覚えます。宿舎から歩いて10分もするとゲルの集落がありますし、そこにはあのチンギス・ハーンの末裔たちの生活そのものがあります。生活実感の伴わない「豊かさ」の日本と、地面に足をつけた生活をしているモンゴルを比較すると、日本の物価高の異常な不気味さに驚かされます。何となくではありますが、外に出て見えてくる日本の美しい姿、または悪しき姿が浮かんできます。2年後のシカゴ転勤までの2年間、どこまでモンゴル人に近づくことができるか挑戦してみたいと思います。言葉が変われば思考も変わり、文化が違えば価値観も違うように、多様な価値観をお互い認め合うような国境をこえたお付き合いをしたいと考えております。

 モンゴルから皆様のご健康とご活躍を祈念しております。まずは着任挨拶まで。   
 
                                               平成3年7月1日