◆ モンゴル国で著名な人物として二人の名前をあげることができます。一人はモンゴルのダヴィンチと称されるザナバザルです。彼の名前を冠した国立ザナバザル美術館(旧国立美術館)もあります。 モンゴルの宗教はシャーマニズムとチベット仏教に大別できます。13世紀以降にモンゴルにも本格的な仏教が伝来し、1635年にはモンゴル初の活仏として父トゥシェート・ハン・ゴンボドルジ、母ハンダジャムツォの子供としてザナバザルが生まれました。祖父はハルハの王アバダイ・ハーンであり、元朝の都であったカラコルムに大寺院エルデニ・ゾーを建立した人物としても有名です。
ザナバザルはチベットで修行し、1650年にダライ・ラマからジェプツンダンバ・ラマ(正しい尊者)の称号を与えられました。その後、多くの仏師や画工を連れてウランバートルに戻り、多くの作品を残しました。ウランバートル市内にはザナバザルの作品が数多く残されていますので、是非とも見学コースに入れてほしいと思います。8代活仏の冬の宮殿と呼ばれるボグド・ハーン宮殿博物館には21体のターラー菩薩やザナバザル美術館には白ターラー菩薩などは彼の代表作として知られています。仏像の他にも多くの仏画を残しており、モンゴルの伝統芸術に与えた影響は、現代の芸術にも脈絡として受け継がれています。ザナバザルは清の康熙帝に謁見するため北京を訪れていましたが、1723年に89才で亡くなりました。死後、弘法大師の尊号が与えられています。その翌年には2代ジェプツンダンバ・ホトクトが転生し、1924年に8代活仏が亡くなるまでの約300年間に渡ってモンゴルで転生し続けました。首都ウランバートルは、モンゴルの活仏ジェプツンダンバ・ホトクトの寺院から発達した宗教都市でもあり、社会主義体制の中でも唯一宗教活動が許されていました。民主化以降は寺院や僧侶も増加し、モンゴル人の精神的な拠り所になっています。
◆ もう一人はモンゴルの近代文学の父と呼ばれるナッツァグドルジです。代表作「我が故郷」で知られるナッツァグドルジは、短い詩の中に広大なモンゴル草原の自然や文化を的確に表現しています。彼の銅像はウランバートル市のナイラムダル公園入口に1960年代に建てられ、彼の業績を今に伝えています。また、小さなナッツァグドルジ博物館も近くのチョイジン・ラマ寺院博物館の隣に位置しているので、モンゴル文学に興味のある方は一見の価値あり。
彼は1906年にトゥブ県に生まれ、ロシアやドイツに留学、帰国後は小説や詩を書いたりモンゴル近代文学に与えた影響は計り知れません。ロシア人妻ニーナとの間に娘アーナンダシュリーが生まれましたが、間もなく離婚して妻と娘はレニングラードに帰ってしまいました。離婚の原因として自由奔放な女性関係やアルコール中毒だったと関係者は伝えています。1921年の革命以後、モンゴルの文学や芸術にも一党独裁の人民革命党の影響を受けるようになり、自由な文学活動が阻害されるようになりました。社会主義体制への批判から、1932年と1936年には不当に逮捕されてしまい、その後も拷問の後遺症に悩みました。1937年、ナッツァグドルジは失意のうちに31才という若さで亡くなりました。死因についても謎は多く、円形劇場の柵に寄り掛かって息を引き取ったとされていますが、亡くなった数日後に遺体が発見されているのも不思議なことです。 |