幻の怪魚イトウ 
 vol.19  硬骨魚網サケ目サケ科

 モンゴルは内陸国で、牧畜世界ということもあり、積極的に魚を食するということはありません。宗教的な考え方から魚を食べないんだと教えてくれる人もおりましたが、それだけではないと思いますが・・・。そこで、我が家で魚というと、当然ツナや鯖の缶詰類に限られてしまいます。それと妻の実家から送ってくれた乾物類が中心となります。さびしい話ですが、モンゴルで生活して特に何を食べたいかと聞かれると、真っ先にサカナと答えます。家族で北京クーリエに行くと、着いたその晩は必ず日本食でした。それも新鮮なネタを使った寿司を食べることが一種の慣わしでした。それだけモンゴルでの生活では魚が恋しくなったものです。

 モンゴルには作家の開高健さんがこよなく愛した幻の魚といわれるイトウがおります。イトウは硬骨魚網サケ目サケ科に属し、流れの深みを好んで棲家とし、体の背中は青緑褐色、腹面は銀白色をなし、背部体側に黒点が多いのが特徴です。一見するとニジマスに似ており、成魚の体長はしばしば1mを超すものがおります。日本では北海道に分布し、青森県小川原湖では戦前まで捕獲されていたという記録があります。最近では国内での養殖も成功しており、幻の怪魚が幻ではなくなっています。肉は大騒ぎするほどサケやマスほど美味しくはありません。モンゴルの人たちは魚をほとんど食べませんので、川や湖にはかつての太古のままの姿で生息しています。実際に釣ってみたいという希望があればウランバートル市内を流れるトーラ河でも釣れますが、郊外のテレルジ辺りでルアー釣りは楽しく釣果も期待できそうです。色彩のはっきりした色や金色に輝くスプーンがよく釣れますので、釣り吉の方は小型の釣竿とスプーンをスーツケースに忍ばせておくのも一計かと思います。

 ウランバートル市内ではザイサントルゴイの下で投網を使った漁をしているモンゴル人もいました。また、何かのサナギをエサにして釣っている人たちもいましたが、釣りをするモンゴル人はほんの少数派でした。93年には国営百貨店でも釣具コーナーが新設されましたが、華々しく売れているようには思えませんでした。外国人たちはルアーを持参している者も多く、テレルジ方面に出掛ける姿もありました。日本大使館でも90年頃までは職員対抗の釣り大会が開催され、掲示板には釣果が書き込まれ、自慢の魚拓が輝かしく張られていました。記憶では最高80センチほどだったように思います。

 91年当時から一部の外国人用ホテルでは魚のフライが出ていましたが、お世辞にも美味しいといえるものではありませんでした。また、92年頃からは巷に魚が僅かですが出まわるようになり、アパートにも売りに来るようになりました。デパートでは冷凍イカ、塩マスやアンチョビらしいものが時々みかけましたが、買っているモンゴル人は見たことがありません。オイルサーディンもあり、魚の恋しいときに買って食べていましたが、あまり美味しく感じたことはありませんでした。

 アパートには週1回ほどですが、獲ったばかりの活きのいい魚が持ち込まれました。カワカマス、ナマズ、そして1メートルもあるイトウが僅か5ドルです。ナマズは淡白で蒲焼にしていただきましたが、結構美味しく食べられます。イトウは三枚におろしてフライにすると美味で、日本からのお客さんにも喜んでもらえました。イトウは今でこそ養殖が日本でも成功して食べられるようになりましたが、当時としては「釣り吉」にとって考えられない贅沢なものでした。カワカマスは大きな鍋でぐつぐつ煮て、骨格標本を作っていましたが、軟骨が大半ですので乾燥するとぐにゃぐにゃになってしまい、標本には向きませんでした。