◆ 首相訪問までにいろいろなことがありましたが、予定通りモンゴル訪問の運びとなりました。空港から市内に至るメインストリートや政庁周辺には日本の国旗がしつらえ、いよいよ到着するのを待つばかりです。大使館には緊急事態に控え、無線局を開局しており予定が刻一刻と報告されてきます。
◆ 大使館の夫人たちも大使夫人の心遣いで、車列の中に入れていただきました。警備面からいえば、車列は短く少なくが原則なのですが、直前になって決められたようでした。海部首相の乗る車はロシア製の最高級車で、大使車、夫人たちの乗ったクラウンがモンゴル側の警備に守られながら走ります。妻曰く、生意気にも一緒に沿道の人たちに車の中から手を振っていたらしく、気持が良かったと話しておりました。いったい何様のつもりで勘違いしているのやら・・・。こちらは警備対策で頭の痛い打合せを続けていたというのに。
◆ 午後にはダムバダルジャーの日本人墓地を墓参することになっていました。墓地に向かう途中の橋が大雨で流されており、モンゴル側に至急直してくれるよう依頼していたのですが、前日になっても終わっておらず、結局は首相が通過する2時間前に完成したばかりという荒業でした。この「モンゴル時間」にヤキモキしていましたが、モンゴル側は「何も心配はいらない」とばかりに慌てる様子もありませんでした。 現地スタッフ数人と一緒に日本人墓地入口で待機していました。スタッフが首相の車が見えたということで、線香に火をつけて待っていてもなかなか見えません。5分たっても、10分たっても現れません。結局、二回も線香に火をつけて待っていたのですが、三回目に火をつけたところでようやく首相一行の車列が見えました。もう少し遅れたら、準備していた線香が全部無くなるところで、後で考えたら冷や汗ものでした。無線機で確認したら、前の場所を離れたということで間もなく来ることは分かっていたのですが、モンゴル人の視力の良さを計算するのを忘れていました。
◆ 一通りの行事も終え、ようやく帰国する段です。 大使館の夫人たちも空港まで見送りに出かけ、中山外務大臣や関係者から労いの声をかけていただき、妻はひとりで感激していました。 海部首相からの土産ということで、職員全員に「日本国首相 海部俊樹」と金文字で署名された高級ボールペンを頂きました。書きやすくて、仕事にも使っていましたが重宝した逸品でした。それと一緒にポケットマネーからなのか分かりませんが、現金を置いて帰り、海部ファンドとして館員と在留邦人の娯楽費に使わせていただきました。 |