革命記念式典 
 vol.11  7月11日はモンゴルの革命記念日

 7月11日はモンゴルの革命記念日です。1921年7月11日、活仏の宮殿で8代活仏ジェプツンダンバ・ホトクトが国家の専制君主に推戴され、国民主権の立憲政治による独立国家の樹立が宣言されました。市内の広場では集会やパレードが行なわれ、新国家の成立を祝い、以後、この日がモンゴル民族革命勝利を記念する祝日になりました。モンゴルは社会主義国家としてはロシアに次いで古い国家でした。中国清朝から独立するため、ロシアの力を借りて独立を勝ち取った歴史を有しています。1921年から1991年までの70年間は社会主義国家として歩み、1992年以降は急速な民主化を推し進めてきました。

 下の整理券は革命記念式典への招待状です。外交団や家族を招待したもので、スフバートル広場にある政府庁舎前のお立ち台への入場券です。政府庁舎前にスフバートル廟が建っておりますが、ここは政府関係者の席で、左右が招待者の席になります。外交団は庁舎に向かって右側です。

 1991年は革命70周年という記念すべき年であり、最後の軍事パレードが行なわれました。ビデオで撮影していましたが、自衛隊の観閲式みたいなもので、経験のないものにとっては少々異様にも感じましたが、これが社会主義国家モンゴル軍なのかと興味深く眺めていました。長い長いスピーチの後に始まる隊列の行進もまた延々と続いていました。緊張感のある軍事パレードでしたが、お立ち台から見る眺めはなかなかいいものですが、市民は広場に集められたらしく迷惑な話だと思います。かつての記念式典も市民が広場を埋め尽くすわけですが、職場や家庭に出席者を割り振られるらしく、他から見るとまとまっているかのように錯覚しますが、心の中では嫌々参加していたのが本音だそうです。

 1992年も記念式典への招待状が届いたのですが、外交団だけではなく何故か一般観光客の姿も見られ、金満日本の観光会社が招待状を金で買ったという噂が流れました。普通、招待状には個人の名前が記入されているのですが、誰一人招待状を持っておらず、ガイドらしい人物に誘導されていました。いかにも日本人のカメラを持った観光客らしく、マナーの悪い失礼な人たちばかりでした。他の外交団からは冷たい視線が浴びせられていました。一国の大事な記念式典だというのに、先進国日本と途上国モンゴルという図式を描きながら、横柄な態度はとどまるところを知りません。日本人として恥ずかしい限りでした。この年から軍事パレードもなくなり、簡単なセレモニーだけで終わるようになりました。