モンゴルの国境A 
 vol.4  ニ泊三日43時間の長い長い国際列車の旅

 私がコンパートメントに戻るのを確認してから、しばらくして列車はウランバートルめざしてゆっくりゆっくり動き出しました。車窓は相変わらず茫漠たる大平原が広がっています。砂礫性の土地から徐々に黄色い草の草原に変わっていくのがよく分かりました。途中、軍事基地らしい施設が見えてきました。青森県の三沢基地にもあるような「象の檻」と呼ばれるような通信施設のようにも見えます。周囲は鉄条網が張り巡らされ、緊張感漂う雰囲気でした。前任者からの申し送りで、この施設が見え始めるとウランバートルも近いと聞いていたので、スーツ姿に着替えてウランバートル駅に着く準備を始めました。もう少しで長かった2泊3日の旅も終えようとしています。

 北京を出発して万里の長城を越え、ひたすら草原を走りつづけ、モンゴルの首都ウランバートルに何とか無事に到着することができたのは北京を発つことニ泊三日43時間の長い長い国際列車の旅でした。ウランバートル駅には、日本の国旗を持った職場の同僚と、モンゴル人現地スタッフら十数名が温かく出迎えてくれていました。この時期、日本ではゴールデンウィークが始まり、各地の行楽地は賑やかな季節です。端午の節句、緑まぶしい一年で最も気持ちの良い時期でもあります。そんなことを考えながら、ウランバートルの新しい我が家に引越したのは、4月末の吹雪の日でした。青森県の八戸で春を告げるウミネコの乱舞を見て、桜の散った霞が関を後にし、初夏の感じさせる北京のアカシアの並木道を走り抜け、着いたウランバートルは一変して吹雪の荒れ狂う厳冬でした。こんな春の吹雪なんぞに負けずと、我が家のウランバートル駐在日記が始まります。

 ウランバートル駅で荷物の受取手続きをしましたが、駅舎の中はすごい匂いが漂っていて、まともに息ができないほどです。おそらく羊肉の匂いなのか分かりませんが、何にも形容しがたいものでした。街のどこに行っても、同じような匂いがついて回り、これまで馴染みのなかった匂いとしばらくお付き合いしなければなりません。これからお付き合いする現地スタッフも思った以上に愛想が良く、ちょっと拍子抜けした感じです。この日は早速、前任者宅に呼ばれて遅い昼食をいただきました。彼らは明日、シカゴへ転勤なのでアパートの引継ぎや仕事の申し送りを受けましたが、あまりにも短い時間しかなくお世辞にも引継ぎなどと呼べるものではありませんでした。

 夕食はモンゴル唯一の中華レストラン「マンドハイ」で前任者と数人の関係者が集まって招宴を開いてくれました。2階の個室が予約になっていましたが、部屋が広いせいか寒かったのを覚えてます。大きな鯉のあんかけが出ましたが、まあまあ美味しくいただきました。ビールも各国のものがあり、これならウランバートルでの生活も安泰などと勝手に考えていました。夜は明日、転勤する医務官と前任者夫妻の送別会ということでウランバートルホテルのバーで午前3時頃までお付き合いしました。在勤中の楽しい話を聞いているうちに、思った以上にエンジョイしていたことを知りました。全く初めての仕事で不安ですが、みんなも初めは同じだったのだろうなどと半分開き直りました。もう赴任してしまった以上、やらなければならないんだと自分に言い聞かせました。


ウランバートル駅全景 ウランバートル駅正面
東風号コンパートメントの次男 前任者と現地職員の出迎え
これから始まる海外生活 長かった二泊三日の赴任旅行