◆ 昼前に中国側国境の二連に着きました。愛想の良い中国人検査官から簡単なパスポートコントロールを受け、その後に中国とモンゴルのレール幅が違うことから、車両の台車交換作業が始まりました。日本では珍しい光景だったので、しばらくその作業を息子たちと見学していました。モンゴル側の国境ザミンウードゥに着いたのは、午後3時を少し回っていたようです。ザミンウードゥ駅周辺は赤い砂礫性の土地で、いわゆるゴビ砂漠と呼ばれるところです。砂漠と言っても、「月の砂漠」のイメージではなく、比較的潅木類が繁茂している草原のような個所があり、やや驚きでした。すでに周囲の景色や人物の服装からも、中国とは明らかに違う国にいるのだということは、好むと好まざるとにかかわらず感じ取ることができました。
しばらくしてから中国側同様にパスポートコントロールのために数名の検査官が車内にやってきました。軍服を身につけた中年太りの女性検査官を先頭に、若い国境警備兵を従えて私たちのパスポートと入国カードの提出を求め、そのまま駅のホームに消えて行きました。初めて対面したモンゴル人は表情に乏しく、何か親しめない雰囲気でした。30分後、また検査官が現れ、今度は厳しい口調のモンゴル語でまくし立ててきますが、私にはまったくモンゴル語が理解できませんでした。このとき初めてモンゴル語とロシア語しか通じないことを知り、どちらもできない私たちにとっては急に恐ろしい状況にあることを知りました。
まもなくモンゴル国境警備兵が現れ、突然ロシア製の銃を突きつけて両腕を掴まえられながら駅構内の建物に連行されて行きました。あまりにも突然の出来事で、子どもたちは驚いて泣き叫んでいますし、このままゴビ砂漠に埋められてしまうのではないかという殺気さえ感じました。建物の奥の部屋に連れて行かれると、先ほどの中年女性とその上官らしい人物が椅子に腰を下ろしていました。目が合うなり、目の前の木製椅子に無理やり座らされ、モンゴル語で何やら質問してくるのですが何一つ解することができませんでした。後ろには二人の銃を構えた警備兵が待ち構えており、生きた心地がしません。ウランバートルとやり取りをしている様子で、取調べを受けている2時間が何日分の時間にも思えました。結局、前日にモンゴルのビザが切れていたことを知らずに入国してしまったのでした。不法入国の嫌疑でしたが、モンゴル外務省と日本大使館の計らいで無事に解放してもらうことができました。一時はどうなるものやらと冷や汗もので、妻や息子たちの顔が去来し始めた頃には本当に駄目なのではないかと真面目に考えてしまいました。モンゴル国境でも使える「モンゴル語会話帳」がほしいものです。
◆ 取調室のある建物を出て、妻や息子たちのいるコンパートメントに戻ろうとホームを歩いていたら、国際列車の窓やデッキから大勢のモンゴル人乗客が無事に解放されたことを喜んで手を振ってくれたり、拍手をして温かく迎えてくれているではないですか。これが先ほどまで取り調べをしていたモンゴル人と同じ民族なのだろうかと不思議でしょうがありませんでした。腹立たしいやら、嬉しいやらで、モンゴル国境で味わった天国と地獄です。これが本来の国境という姿なのだろうと、勝手に納得もしてみました。
コンパートメントに戻ると、真っ赤な目をした息子と、覚悟を決めたような妻とがびっくりしたような顔でこちらを見つめています。隣のコンパートメントにいたモンゴル人が、しきりに良かったと上手な英語で話しかけてきます。そのモンゴル人曰く、そんな格好では検査官も中国難民とでも思ったのではないかと笑って忠告してくれました。それもそのはずで、下が裸足に革靴をはいてジャージをはき、上はワイシャツ姿に髪は茫々といった調子で、見るからに難民の姿ではないかと話してくれました。彼は以前に一度だけ日本に行ったことがあるらしく、うやうやしくパスポートに記載されている日本のビザを見せてくれました。これよりウランバートル駅に着くまで、置き引きから荷物を守ってくれたり、息子たちと遊んでくれたり、初めて優しくしてもらったモンゴル人でした。ウランバートル在任中、何かとお世話になり、かといって突然現れては突然いなくなるという不思議な人物です。通称でしょうが、彼の名前は「COG」といいました。 |